「小学生から中学生の頃にかけて、あいつの家によく遊びに行きました。借家で6畳と4畳半の2間。風呂もない。小遣いもなくて、買い食いなんてできなかったみたいです。父親はいるのを見たことがなかったですね」
そう話すのは、沢村一樹(49)の2つ年上の幼なじみ。沢村はNHK朝の連続ドラマ小説『ひよっこ』で主人公の父親役を好演している。農作物の不作による借金返済のため東京に出稼ぎに行った主人公の父親。その沢村が演じる父は、突然失踪する――。
「そのストーリーが彼の人生に重なるんです」と語るのは彼を幼いころから知る前出の幼なじみだ。その人生をたどるため、沢村が子ども時代を過ごした鹿児島市で当時を知る関係者に話を聞いた。彼が暮らしたというアパートを訪ねると、40年経った今も残っていた。
「家賃は2万円ほど。お父さんが事業か何かに失敗したようで、引っ越してきたみたい。お母さんは若いころ美容部員をしていたそうで、キリッとした美人でした」(近所の住人)
引っ越し後も生活はますますひっ迫。前出の幼なじみはこう振り返る。
「お母さんが働いていて、昼間も家にはいないんですよね。家に遊びに行くとカップラーメンが山のようにあった。両親は彼が中学に上がった頃に離婚して、父親は音信不通になったようです」
父が“失踪”したのは沢村が12歳のとき。母は2人の子どもたちを食べさせるため昼間だけでなく、夜も飲食の仕事をしていたという。前出の近所の住民は「お母さんは社交的で明るい人。貧しくても悩んでいるようには見えませんでした」と語る。悲しい境遇の少年時代だが、沢村自身も母親から温かく育てられたことで救われたと取材に語っている。
「『父親が家にいないからってグレるようなことは絶対に許さん!甘えは厳禁!』と口癖のように言う母で、そういう厳しさも含めて、いつも愛情を注いでくれました」
沢村の高校卒業する直前、実父はひょっこり家に帰って来たという。高校の同級生が語る。
「そのとき『お前、将来どうするんだ。大学とか考えているのか』と言われ、『アンタはそんなこと言えた義理か!』と自分の行動を棚に上げた無責任な発言をするお父さんにカッとなり、殴りかかったといいます」
この2年後に父親は他界したが、沢村は葬式にも出席しなかった。今もときどき会っているという高校の別の同級生が語る。
「売れっ子になってからだと思いますが、お父さんの遺骨が無縁仏のままになっていると知って彼がお墓を建ててあげたそうです。毎年、帰郷してお墓参りをしているそうですよ」
母子で苦渋をなめさせられた――そう恨んでいた父のことを許した沢村。沢村が里帰りしたときにこんなエピソードがあった。
「あるとき母校の校長の異動があって、帰郷していた沢村に『花束を贈呈してほしい』と連絡があったんですよ。彼は車で駆けつけて、その役割を果たしました。沢村は『女房の母親に言われたんだけど、自分の仕事は人を喜ばせるのが仕事。たとえば誰かが自分に会いたいと言ったら、できるだけその気持ちを汲んで受け入れることで喜んでもらえる』と言っていたんです。そういうことを繰り返すうちに、昔は恨んでいた父親にも何か事情があったのだろうと受け入れる気持ちになったんじゃないかな」(前出・別の同級生)