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「’02年製作の『蛇イチゴ』で初監督したときには、『二度と撮るか!』って思いましたね(笑)。2週間、周りの全員に気を使いまくって、なんとかしのぎました。それまで俳優さんと会話すらしたことがなかったのに、急に自分の言葉で演出をしないといけないのにも、くたびれ果てました」

 

そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第69回のゲスト・映画監督の西川美和さん(42)。妻を亡くした男と、母を亡くした子どもたちの交流を通し、人を愛する素晴らしさと歯がゆさを描き切った映画『永い言い訳』(10月14日全国ロードショー)。原作小説も好評で、今作もオリジナル脚本を手掛けている。そんな、西川監督がターニングポイントとなったエピソードを語ってくれた。

 

■是枝裕和監督から言われ続けた「シナリオ書けよ」

 

長い下積み生活後、40歳前後で満を持して監督になるのが映画業界の王道。

 

「是枝監督は『20代にしか書けないものが絶対にあるはずだから、一日も早く、ひとつでも企画書を書きなさい』とよくおっしゃっていました。是枝監督の下で嫌なことやキツいことを言われたり、怒られた記憶もありませんが、『シナリオ書けよ』とはずっと言われていたので、私も書いてみようと思ったんです」

 

■故・安田匡裕さんからの「次どうなってるの?」

 

デビュー作のプロデューサーは、是枝監督とエンジンフィルム会長だった故・安田匡裕さん。

 

「デビュー作の試写会直後、安田さんに『お疲れ、よかったよ。次どうなってるの?これからの取材で次回作について言えないと、監督業は続かないんだぞ』と言われ、泣きそうに(笑)。『もっと撮れ』『まだ書けないのか』とプレッシャーをかけ、いつもお尻をたたいてくれるのは安田さんでした」

 

■安田さんの死で気づいた“人の代わりはいない”

 

「安田さんがうるさいから」と、言い訳をしながら映画を撮ってきた西川監督。

 

「それってものすごく幸せなことだったと気づいたのは、安田さんが亡くなってから……。その後、安田さんのように自分にハッパをかけてくれる人を探してもがきましたが、人の代わりなんていないんです。『永い言い訳』は安田さん亡き後の自分の悪あがきを参考に書いたところもありました」

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