W杯などサッカーの国際大会を主催するFIFAに激震が走っています。副会長ら9人が過去のW杯開催において便宜を図る代わりに180億円もの賄賂を受け取っていたとして、逮捕・起訴されたのです。さらに17年間にわたってFIFAの最高権力者として君臨し5月29日の総会で5選を果たしたばかりのゼップ・ブラッター会長(79)が辞任を発表するなど、FIFAを巡る混乱はその深刻さを増すばかりです。
FIFAは、20年以上も前からその腐敗体質が指摘されてきました。特に巨額のお金が動くとされる4年に1度のW杯誘致先選定においては、毎回と言っていいほど不正疑惑が浮上しています。とはいえ、今回のように執行部などの中枢に対して逮捕や本格的な捜査が行われるのは初めのこと。これまでのFIFAは治外法権的に扱われていて、誰からの干渉も受けつけない部分がありました。それが今回、執行部の最上位まで捜査のメスが入ったのです。
今回の捜査は米司法省とFBIによって主導されたものですが、これにはブラッター会長も批判しているように「W杯誘致に失敗した米国と英国の腹いせ的な陰謀に過ぎない」という見方もあります。たしかに、米国は18年W杯誘致でロシアに負け、英国は22年W杯誘致でカタールに負けています。また日本ではあまり報じられていませんが、実はこれらの問題の背後には「欧州vs非欧州」という対立構図もあります。いまや国連加盟国数をもしのぐ209の国と地域が加盟するFIFAですが、歴史的には「欧州中心の組織」でした。それを、ブラッター会長が初めて「グローバルな組織」に変えてきたのです。
ブラッター会長に対するアフリカやアジアからの支持は絶大なものがあります。彼は98年の会長就任以来、小規模国家のためにさまざまな開発プログラムを立ち上げ資金援助を行ってきました。そのお返しとして、ブラッター会長にアフリカやアジア諸国を中心に大量の票が集まった。だからこそ、前代未聞の5選まで果たすことができたわけです。実際、腐敗に関する報道や辞任に関する報道にもかかわらず、多くの途上国のFIFA関係者は彼を応援しています。
「一国一票制度」というFIFA会長選出の投票制度では、途上国を制した者が会長になれるようになっています。そこでは国の規模もサッカーへの国内的人気も一切考慮されません。人口13億を超える中国と人口6万を超えないケイマン諸島の1票には同じ価値があり、サッカー王国ブラジルの1票とそれほどサッカーが盛んではないブータンの1票もまったく同じなのです。ブラッター会長は途上国への資金援助プログラムを巧みに使いこなすことによって、いとも簡単に前代未聞の5選を果たしたわけです。
お金があるところに欲望は群がるもので、欲望が群がるところに腐敗は発生する。サッカーの場合はお金が集まるところとお金の流れを決めるところがFIFAなのですから、一定の腐敗は避けられないともいえます。それにブラッター会長の政権が17年もの長期であったことを考慮すれば、FIFAに腐敗が蔓延するのもある意味必然だったのかもしれません。改革を語ることは簡単ですが、それを実行するのは難しいもの。人間は改革が実現するまでは声を一つにして団結しますが、改革が成功した途端に自己利益を主張し始め分裂していく近視眼的で利己的な生き物です。次期会長の手腕によるところもありますが、こうした構造を踏まえて考えるとFIFAの改革実現はそう簡単にはいかないように思われます。
ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)
吉本ばなな
1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。