通常、妊娠して産科医にかかると、妊婦は誰もが超音波検査や心音検査を受ける。主に胎児の発育状態や胎盤、羊水量などを診るためで、いわば一般健診。一般健診で異常が発見されたり、高齢出産などリスクが高いと思われる妊婦は、クアトロマーカー(母体血清)テストや羊水検査や絨毛検査などを受ける場合がある。
こうした胎児がおなかにいる状態で遺伝病や染色体異常などを調べる検査を『出生前診断』という。
この出生前診断を専門に行う日本初の施設が、大阪市天王寺区にある『クリフム夫律子マタニティクリニック・臨床胎児医学研究所』(以下、クリフム)。院長の夫律子さん(52)は、数少ない出生前診断専門医だ。クリフムには、1日に70組もの夫婦が検査に訪れる。
「うちの患者さんは7割近くが35歳以上。赤ちゃんを産むことに不安がある人ですね」と話す夫先生。だが、出生前診断には賛否があるのも事実。羊水検査ではまれに流産の危険もあるし、胎児疾患が事前にわかることで中絶を助長するのではないかとの議論もやまない。しかし、夫先生はその意義についても明快に語る。
「まず、診断を受けて『元気ですよ』とわかれば、こんなに安心して妊娠生活を送れることはありません。次に『病気がある』とわかったときには、どんな病気で、どんな治療で、どんな病院で産んだらよいかといった事前の対策が取れるんです」
つまりは、母親にも胎児にも、「安心」のための手段。とはいえ、おなかの赤ちゃんに何か異常があるかもしれないとわかれば、多くの妊婦は出産までの間に激しく『揺れる』のは当然だろう。夫先生のもとを訪ね、何らかの異常が胎児に見つかった場合に、8割の妊婦が中絶を選ぶ現実もある。
患者が母親としての感情と、目の前の現実とのはざまで立ちつくすとき、夫先生はこうアドバイスしている。
「理屈も大事。でも、感情も大事なもの。いくら考えても堂々巡りするときは、子分の感情に素直になってごらん」
それは、決して責任から逃れることではない。
「理屈や感情と、とことん向き合って出した『産む』という決断。そうして生まれてきた我が子は、たとえ障害があったとしても、後悔する母親はまずおりません」
では、生まない選択をした場合は。
「そのことを一生背負っていくわけで、だからこそ、その子の分まで前を向いて。忘れないで生きてほしい、と。みなさん、受け入れてくれます」
揺れる母たちを一刻も早く支えるために、夫先生は今日も面会へと向かう――。