「普通の生活をしながら、完全に電力会社と縁を切ったのは、僕の家が日本で初のはずですよ」と話すのは、脱原発活動家で作家の田中優さん(56)。

 

‘12年12月、長年住み慣れた東京から、岡山県和気郡和気町の古民家に移住。2月に太陽光発電を蓄電する「パーソナルエナジー」という装置を導入し、3カ月の試験期間を経て、5月22日、中国電力の作業員が電信柱から自宅までの電線とメーターを撤去した。すでに5カ月間、太陽光自家発電のみの生活をまったく支障なく続けている。家を訪ねてみて、最初に目をひくのは、南側の庭先にずらり並んだ太陽光パネルだ。

 

「全部で12畳分。晴天時には毎時2.8キロワットを発電しています。普通は屋根に設置することが多いんですが、古民家のせいで屋根にスペースがなくて。幸い、南に庭が広かったので、ここに設置しました。庭にあると大きく見えますが、一般家庭で屋根に設置しているものも毎時3キロワット程度が多いので、ごく標準的です」(田中さん・以下同)

 

扉をくぐると、4畳半ほどの土間がある。ここに、今回の自家発電の主役・パーソナルエナジーが、ウィーン、ウィーンと、寝息のような音とともに稼働していた。

 

「電気の自給は、8畳くらいの太陽光パネルを設置した家であれば、十分に可能です。問題は、それを蓄えておく蓄電池。これまで、家庭全体を賄うだけの電力を蓄えておくバッテリーは数千万円もして、僕もあきらめざるをえなかった。ところが昨年、このバッテリーとで合って、これなら可能だと思ったんです」

 

パーソナルエナジーの製造元・慧(けい)通信技術工業は、企業向けにバッテリーの生産も行なっていたが、家庭向け自家発電用蓄電池は、田中家が初めての受注先だった。

 

「オフグリッド(電力を家庭で自給すること)がこれからの社会でいかに必要かという点で、社長と意気投合し、超高性能(太陽光発電で1日1回フル充電したとして、30年近く持つ計算)な家庭向けの電気の供給システムを作ってくれました。価格は400万円にしてもらいました。太陽光パネルが100万円ほどだったので、計500万円で、完全自家発電が可能になったんです」

 

一般家庭の1ケ月の電気代は、1万円前後。年12万円としたら、元を取るには40年以上かかる計算だ。

 

「価格の話をすると、『高い』と口をそろえて言われますね(笑)。ただ、本気で自宅を完全自家発電にしたいという人が増えれば、当然、バッテリーの価格も下がるはず。福島の原発の処理や、ほかの原発の廃炉処理、核のゴミの最終処分を考えたら、今後、電気代がいくらになるか、想像がつきません。国や電力会社の都合に左右されず、誰に気兼ねなく電気が使うことができるようになって、爽快な気分です」

 

田中さんが岡山への移住を決意したのには、大きな理由があった。チェルノブイリ原発での事故後、田中さんは市民レベルで脱原発活動を開始。三重県に予定されていた芦浜原発の建設阻止などに尽力した。福島の原発事故以降は、福島へ講演に何度も出かけ、「福島の放射能レベルは高すぎる。可能ならここを離れてほしい。それが困難なら、自分の話す対策をしてほしい」と訴えてきた。

 

「住み慣れた土地を捨てる痛みは、誰でも同じ。でも、福島の事故で少なからず汚染された東京に自分で住んでおきながら、こう話すのは矛盾だなと、ずっと心にひっかかっていました。まずは自分が縁もゆかりもない土地に引っ越さなければ、理屈が通らない。たまたま仕事で訪れた岡山で、この物件を紹介され、移住を決意したんです」

 

田中さんの活動を陰で支えてきた妻の加奈子さん(36)は先日、女の子を出産。これからは、親子3人で完全自家発電生活が始まる。

 

「電力会社に頼らない生活なんて、震災前までほとんどの日本人が想像していませんでした。でも、やろうと思えば、現在の技術なら可能だったんです。それを僕が最初に実践しただけ。自宅で使う電気は自宅で賄う。これが未来のひとつの形。何も原発と隣り合わせで、命がけにならなくても、電気なんて簡単に自給できるんですよ」

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