脳腫瘍のため「余命半年」と診断されたアメリカ・カリフォルニア州の女性・ブリタニー・メイナードさん(29)は、安楽死が合法とされているオレゴン州へ移住し、「11月1日に、家族に見守られて死にたい」と、インターネットを通じて全世界に宣言した――。

 

彼女の決断は日本にもさまざまな問いを投げかけた。日本には、安楽死はもちろん、尊厳死に関する法律もまだない。そのなかで、医療の現場では、余命がわずかとされた患者と向き合おうと医師たちが奮闘している。最近では、患者本人が延命治療を拒否し、人間として尊厳を保ちつつ死を望む宣言書「リビング・ウィル」や、終末期の医療「ターミナル・ケア」という言葉も浸透しつつある。99年、介護保険制度の制定以前から、こうした治療困難な患者を自宅で最期までケアする「在宅終末期医療」に取り組んできた中村クリニック(大阪)の中村俊紀院長に、現場の医師の声を聞いた。

 

 

「家で亡くなる方は、みなさん穏やかな顔をしています」

医師と訪問看護師、精神科医、ケースワーカー、カウンセラーも所属し、ケアマネジャーと連携して、24時間診療体制を確立している。中村クリニックは現在、在宅患者400人をケア、これまでに看取った人は約400人を数える。

 

「健康で痛みのない人生を見守っていくのが私たちの使命です。『安楽死』と、『尊厳死』はまったく意味が異なりますが、正確に理解している人は少ないですね。私は『自然死』『平穏死』というか、みんなが穏やかに、なじみのある自宅で家族に囲まれて、自然な死に方ができればいいなと思っています」

 

高齢化に伴い、『老々介護』から、最近は『認々介護』や、独居高齢者のケアも増えた。負担を減らすため、患者の家族には介護の情報を提供し、毎回『無理をしないで。自然体でいい』と声をかける。痛みのケア方法、亡くなる直前に起こりうることも家族に事前に伝えておく。

 

「みんな生まれて、生きて、病気になって亡くなっていくのです。『死を特別視しないでね』と伝えます」

自宅でできることは増えていると、中村医師は説明する。

「以前は、患者さんは、『痛みに耐えられず苦しむ』と言われていましたが、今では多くの痛みは薬で抑えられます。耐えられないほどの痛みは、あまりありません。家族の方がいると、患者さんは安心し、穏やかに過ごせます。自宅は“最高の特別室”なのです」

 

家族に迷惑をかけるのが忍びないと、「入院させてくれ」と言い出す人も多いそうだ。

「本人の希望ならいいのですが、家族に気兼ねしている人も多い。ご家族の方には、患者さんの意志をきちんと確認するようお願いしています」

しかしときには、介護に疲れた妻が、夜の間に救急車を呼んで末期の夫を入院させてしまったケースもあるそう。

 

「私たちが本人の意思を確認する間もありませんでした。女性が末期のときは、自宅で過ごせることが多い一方で、男性は病院へ行くことが多い。これは『高齢の母に父の介護の負担をかけたくない』という、お子さんの気持ちも反映している気がします」

 

患者さんが余命数日と判断したときにも、必ずおこなうことがある。

「ご家族やみなさんとちゃんとお別れができるように、『最期に会える人は呼んであげてね』と、伝えています。「『許諾』……本人もご家族も、死を許諾して迎えられたないいなと、そう思います」

 

誰しも迎える“そのとき”。1人の問題ではないからこそ、私たちは大切な人と、それぞれの意志をしっかり確認し合っておくべきだろう。

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