「本堂を見てもらえばわかりますが、八十八カ所のなかでも、とりわけ小さく、しがない寺です。それなのに……どうしていいかわかりません。住職も『今は耐えるしかない』と話していました」
そう話すのは「四国遍路」の第62番札所「宝寿寺」(愛媛県四条市)の住職・渡部実厳氏の母、和子さん。弘法大師・空海ゆかりの八十八カ所の寺を巡る“四国お遍路”で、前代未聞の騒動が持ち上がっている。
「3月22日に、高松地裁で、札所寺院でつくる『四国八十八ヶ所霊場会』(以下・霊場会)が、札所の1つ、宝寿寺の住職を相手取った訴訟の判決がありました。霊場会は未払いの会費や、お遍路さんが願い事を書いた“納札”を奉納したり、御朱印をもらえたりする“納経所”の受付け時間の順守などを求めたもの。裁判所は、霊場会の訴えを退け、宝寿寺の主張どおり、霊場会からの脱会を認めました。四国八十八カ所から、寺が脱退したのは初めてのケースです」(地元紙記者)
脱退することが裁判で認められて、あらためて注目されたこの騒動。住職がお遍路さんに対して暴言を吐いたり、殴るなどの暴行があったりしたという報道や、人手不足から納経所の受付け時間に昼休憩を設けたことで、せっかく寺を訪れたのに御朱印がもらえなかったという参拝者からの苦情もあり、ネットでは“問題寺”とたたかれていた古刹、宝寿寺。今回の裁判では宝寿寺は、霊場会から72万円の未払いの会費を求められている。
「5年前に、霊場会の役員から、テレビの取材を受けてくれと頼まれたことがあります。それを住職が、断ったことがありました。それが最初のすれ違いだったのでしょうか。その後、霊場会の方から『脱退してくれ』と言われたのです。こちらとしては、そう言われたからには、会費を払う必要がありませんでした」(和子さん)
公判中は、和子さんにとって不可解なことが多かったという。
「1回目の公判では、霊場会側は誰も出廷しませんでした。裁判官は、和解することを提案してきました。私どもは受け入れるつもりでしたが、霊場会側から『ウチは絶対に和解はしない。(八十八カ所から)1カ所抜けてでも、やっていきます』というような返事がきたのです。その後、住職がお遍路さんに暴行したとか、暴言を吐いたとか、まったくのデマが、どんどんマスコミに流されるようになったのです」(和子さん)
さらに、今ではこんな問題を抱えているという。
「霊場会は、私たち62番札所を潰そうとしているのでしょうか。61番札所の『香園寺』の駐車場に、62番の御朱印を受ける“納経所”をつくるそうです。そもそも、そこで押される御朱印はどんなものなのでしょうか。さらに61番札所で、一緒に62番札所の御朱印がもらえるとしたら、私どもで受けるはずの、わずかばかりのお代がもらえません……。このままでは、私どもの寺は立ちゆかなくなってしまいます」(和子さん)
これについて、霊場会の大林教善会長(第74番札所・甲山寺住職)は次のように反論する。
「そもそも霊場会から『脱会してくれ』とか『八十七カ所でもいい』と言うわけがありません。現状では、62番札所に行っても、納経させてもらえなかったり、御朱印を受け取れなかったりするお遍路さんも出てくるでしょう。そんな巡礼者への“救済措置”として、61番札所の駐車場を借りて、『四国八十八ヶ所霊場会62番礼拝所』をつくろうと、準備を進めています。もちろん、お遍路さんは、これまでどおり『宝寿寺』をお参りしてもいいのです」
霊場会と宝寿寺、両者の言い分は食い違っているのだが……。トラブルの余波で、四国お遍路八十八霊場になんと同じ番号の霊場ができてしまう珍事にまで発展していたのだ。『月刊住職』の矢澤澄道編集長(安楽寺住職)はこう語る。
「今回の裁判は、世俗的な論争に、法的な結論を出したというだけ。今の時代に則した取り決めかもしれませんが、信仰上では、ささいなことだと思います。四国遍路は、霊場会がつくったわけでも、寺がつくったわけではありません。長い間、お遍路さんをしてきた人たちすべてが、つくり上げてきたものなのです」