11月16日から行われたGPシリーズ第5戦ロシア杯で優勝した羽生結弦(23)。12月6日から行われるファイナルへの出場が決まった。しかし17日の公式練習中に転倒し、右足首の靱帯を損傷していた。思わぬアクシデントにもかかわらず、逆境をはねのけて優勝した羽生。出場決断の裏には、決戦の地がロシアだったことも大きく影響していたようだ。
08年から羽生を取材してきたスポーツライターで、10月30日に出版されたブライアン・オーサー氏(56)の著書『チーム・ブライアン 新たな旅』(講談社)の構成・翻訳を担当した野口美惠さんはこう語る。
「羽生くんはロシアのプルシェンコさん(36)を本当に尊敬しています。残念ながら彼はアイスショーでスペインに行っていたのですが、それでも彼の母国で滑ることに並々ならぬ想いがあったそうです。さらに、今回はリンクサイドにヤグディンさん(38)が来ていました。プルシェンコさんの往年のライバル。羽生選手は幼いころに2人の対決を見て、『彼らのようになりたい!』と思いをはせていたといいます。プルシェンコさんの母国で演技がしたい。ヤグディンさんの前で滑りたい。そんな思いが優勝につながったのでしょう」
これまでも羽生は被災地のために滑りたいと宣言してきたが、逆に被災地からの応援で自分が支えられていると語っていた。誰かのため――。それこそが羽生の原動力であり、強さの源になっているのだ。
「羽生くんはセオリーや技術論よりモチベーションが重要と感じるタイプ。『何のために滑るのか』という目的意識があって初めて本当の力を発揮するんです。五輪連覇を果たした後、彼は原点に立ち返りました。そこで4回転アクセルという具体的な目標を見つけ、プルシェンコさんの代表曲をアレンジして挑戦すると決意。必死に練習してきました。ロシア杯はそれを見せる場だと考えてた。だからこそケガをおしてでも出場を決めたのです」
右足首の靭帯を損傷し、松葉杖をついていた。(写真:アフロ)
だが今後、彼は何を求めて氷上に立つのだろうか。実は今シーズンを前に、オーサー氏は羽生にある質問を投げかけたという。
「6月、ブライアンは羽生くんに『私に何を求めているのか?何が新たな目標で、そのため私にどんな役割を期待するのか?』と問いかけたそうです。しかし、彼は答えられなかったといいます。ブライアンは『将来につながる最後の目標を、ゆっくりでいいから考えていこう』と伝えたかったそうです。試合に勝つなどといった、直近の目標ではありません。今後の人生を考えるうえで、現役時代に何をやるべきかという大きなテーマです」
オーサー氏から出された最後の課題。羽生はまだその答えに辿り着いていない。
「じっくり考えるべきものだし、それでいいと思います。ブライアンも言っていましたけど、考えるプロセスに意味があるのです。ただ今シーズン、彼はそれを考えています。だから1つ1つの試合を、今は大事にしているのではないでしょうか」
ロシア杯で優勝しGPファイナルへ。羽生が目指すものは――(写真:アフロ)
一部では引退についても囁かれ始めている羽生。それが、いよいよ現実味を帯びてきたということだろうか。だが、野口さんは力強い口調でこう語る。
「いざシーズンが始まると『またやりたい!』と思ってしまうもの。世界のトップで闘うという興奮は、何ものにも代えられないほどすごいんです。引退した選手はみんな口をそろえて、『人生の中で現役時代がいちばん楽しかった!』と言います。だから羽生くんもトップに絡める限りは現役を続けたいと思うはず。私は羽生くんが4年後の北京五輪を目指す可能性も充分あると思います。羽生結弦は、実力的にもやっぱりナンバーワンですから」
自分はどこまで行けるのか。答えを見つけるため、羽生は氷上の舞台に立つ。