「いらっしゃ〜い!」の呼び声で、新婚さんをスタジオに招き入れて50年。番組収録を“しんどい”と思ったこともあったけれど、「素敵な人たちです」と、この仕事に胸を張るーー。
「3月4日、僕は300作目の創作落語を発表する公演を予定していたのですが、新型コロナウイルスの感染防止のため、公演は中止に。代わりに、無観客で落語を収録した映像をYouTubeで公開しました。300年続く落語の歴史の中で、無観客の演芸場で落語をやったのは僕が初めてやないかなと思いますねぇ。無観客でやってみると、いままでは“いて当り前だった”お客さんのありがたみも、身に染みますよ」
そう笑顔で語るのは、桂文枝さん(76)。喜寿を迎える今年、「ますます落語家としての活動に身が入る」と話す。そんな文枝さんが50年間、司会として続けてきた番組が、新婚さんいらっしゃい!」(テレビ朝日系・日曜日12時55分〜)。
同番組は、’71年1月から放送がスタート。「いらっしゃ〜い!」と文枝さんのギャグによって登場する新婚夫婦が、司会陣と爆笑トークを繰り広げる様子は、いまでもお茶の間に笑顔を届けている。文枝さんは、同番組が始まったきっかけについて振り返る。
「最初にお話をいただいたときは、3カ月で終わる予定だったのです。“う〜ん、短いな〜”と思ったけれど、僕のギャグである“いらっしゃ〜い!”をタイトルに使うと聞いたので、このギャグが世の中に広まるきっかけになると思って引き受けました。“いらっしゃ〜い!”っていうのは、僕が『いらっしゃいませ』という言葉をもとにして作ったギャグです」
舞台に出たら、まずお客さんの心をつかまないといけないのがこの世界。
「それなら来てもらったお客さんへの第一声、「いらっしゃいませ」をギャグにしようと思って。最初、あの“ポーズ”は、つけていなかったのですが、明石家さんまさんが僕のものまねをするときにいつも使っていたポーズを、逆に僕がもらったのです。『お前ら、ちょっとこい!』(いらっしゃ〜い! のポーズをやりながら)ってさんまさんがやるの、見たことあるでしょ?(笑)」
’15年には、「同一司会者によるトーク番組の最長放送」でギネス世界記録に認定され、その記録はいまも更新され続けている。
“気づいたら50年続いとったな!”とおどけるが、文枝さんは番組開始から約20年、40歳を過ぎたころ、自律神経失調症と診断された。当時は収録に苦しんでいた、と明かす。
「あの時代、僕は10本以上のレギュラー番組を抱えていて、東京と大阪を往復する日々でした。疲労がピークを迎えたのか、番組によっては撮影中に気分が悪くなって、途中で収録を止めることもあって」
めまいを感じるようになってからは、「コケたらどうしよう」と、硬いコンクリートの上を歩くのが怖くなった。
「物を考えたり、外出したりという頻度がどんどん下がっていって、“この世から自分が消える”ことへの恐怖にひたすら悩まされていた。“このまま死んでしまったらどうしよう”と、寝ることすらおっくうになったのです」
文枝さんは「その時期は、とにかく『新婚さん』の撮影もしんどかったですね」と語る。
「この収録は、新婚さんの2人に迫って、“人生”を語ってもらわないといけないから、納得のいかないことはやりたくなかった。だから、番組をどういう内容にするかという打ち合わせの段階から僕も参加するようにしていたし、途轍もないパワーを使っていたのでしょうね……」
落語家としての仕事にも追われていた文枝さんは当時、「いっそ落語家をやめ、テレビタレントになったほうが楽なのでは」と気持ちが揺らいだという。
「いつものようにめまいが怖くて、じーっと自宅の椅子に座っている僕に、『コケて頭を打ったぐらいでは死なへんで』と奥さんが言ってくれたのです。『よく考えたら、そやな』と、ハッとさせられました(笑)。そこから、倒れたら倒れたときやと開き直れるようになって。10年くらいかけて、奥さんが僕を自律神経失調症から回復させてくれたのかな」
(取材:インタビューマン山下)
「女性自身」2020年4月14日号 掲載