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「自分だけでスケジューリングすることや、営業活動すること自体、メチャクチャ怖くて、自信は少なかったんですが、ようやく、いろんなことが気にならなくなってきたんです、『人の目だとか、どうでもいいな』と。『何とかなるよ』という強さが、昔に比べれば出てきたのかもしれないです、それは最近のことですが……」

 

そう語るのは、12月11日に公開される『レディ・トゥ・レディ』(監督・脚本:藤澤浩和)に主演する女優の内田慈(37)。目の奥には、どこか“根拠のない自信”が厳然と存在している。それはどこから来るものなのだろうか……そんな思いを見透かしたかのように彼女はこう話し出す。

 

「芝居を始めた19のころ、何にも経験もなく、どこにも所属せずに始めたとお話ししました。それは、『誰もやっていないことをやる』というモチーフだったんだと、いま振り返れば思います。『どこにも所属せず、舞台も映像もやる、アングラもできる』というスタイルです。そのとき、何で踏み出せたかというと……」

 

そうして内田は自身の“発想の原体験”を打ち明けてくれた。

 

「先ほどお話した、育った環境の部分があると思います。中学以降は父の塾の経営が思わしくなく、けっこう貧しい思いをしたんです。ほしいものが手に入らなかったし、思春期に、クラスメートが近所まで来て、ウチをみて、ボロボロすぎて、ひいて帰ったことも覚えています。そんな経験があったから、『自分で創意工夫しなければ何も始まらない』という意識が芽生えていたんです」

 

フリーに転身した女優・内田慈、創作活動の原点は極貧時代に
画像を見る 映画『レディ・トゥ・レディ』(監督・脚本:藤澤浩和/主演:内田慈、大塚千弘)12月11日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

 

つまり、その思春期に渇望した経験からくる創意工夫こそが「俳優・内田慈」のスタイルの源であり、その後に幾度か訪れる岐路において、自身の選択の原動力となっているのだと。そして、いま俳優として「演じる役柄として送る人生経験」が、いかに楽しいものであるかを知ることにつながるのだと、内田は独特の価値観・人生観を示してくる。

 

「撮影や舞台でもそれは緊張しますが、最近では『なるようになる』と思えるようになってきた。そこで演じる役には人生がありますよね。その役柄の人生を体験できる楽しさがあるんです、役者って。そしてそれが、自分の人生でも実体験できるんじゃないかと思ったんですね。つまり、演じた役柄で得るものが、私の場合は人生に還元されて生きてくる。だから、演じたい役柄や、演出してもらいたい監督さんの作品に出逢ったら、前のめりに突進する。人生って、いかに面白いプロフィルをつくるかのゲームだと思えるようになったんです」

 

ときにそのゲームとは勝算があることなのかと問うと、「念頭に勝算があるのではない」と最初に断って、次のように解釈して提示する。

 

「たとえば『努力』というのを、その数の統計を取ってみれば、結果として報われない確率のほうが圧倒的に大きいでしょう。今作でも『なんのために踊るんだ?』と問われれば、『私たちは、ただ踊りたくてやってるだけ。自分がやりたいようにやりゃいいの!』と答えますよね……」

 

18年の『ピンカートンに会いにいく』、20年の『マルカン大食堂の贈り物』に続く3作目の主演作『レディ・トゥ・レディ』(12月11日公開)で、内田演じるのは“売れないアラフォー女優”一華。一華は、同級生の“疲れた主婦”真子(大塚千弘・34)と女性同士のペアを組み、競技ダンスを目指す。

 

しかし競技ダンスはもとより、男女のペアが前提の世界だ。ふたりは、競技はおろか、競技会に参加する資格を得らるかどうか、というところから、チャレンジを始めなければならない。そしてそれに、売れない女優と疲れた主婦がトライする――ふつうに考えれば無謀な目論見だが、彼女たちはそこに利害を求めていない……。

 

フリーに転身した女優・内田慈、創作活動の原点は極貧時代に
画像を見る 映画『レディ・トゥ・レディ』(監督・脚本:藤澤浩和/主演:内田慈、大塚千弘)12月11日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

 

「一華と真子は言います。『笑顔で踊るんじゃなくて、踊るから笑顔になるの』と。つまり、『トライすること』が大事で、それ自体が『楽しいことなんだ』ということ。そしてそれを演じている私は、自身もそこから学んでいる、喜びを得ているんです」

 

その躍動感が、クライマックスにかけて遺憾なく披露される本作は、先行き不透明なコロナ禍においても、楽しいことはほら、そこかしこに転がっているし、いくらでも見つけることができるんだよと、新しい視野のヒントを投げかけてくれているようでもあるのだ。

 

演じる内田本人が影響を受けるような、心を揺さぶるこの作品、観る私たちはその人生の数だけ、感じ方があるはずだ。

 

「作品自体、テンポがよくて笑える超エンタメでありながら、根っこには深い問題提起がある。登場人物がする嫌な思い、それでも頑張る姿……どこからでも感情移入できる、間口が広い作品です。コロナ禍でいま、いろいろ働き方や価値観が大きく変わってきていますが、希望を見いだす力が必要だと思うんです。そして、生きる希望は、自分で作るべきものだとも思う」

 

自身にとっても「代表作のひとつになりました」と胸を張る内田に、この先の目標を聞いてみる。

 

「不思議なもので、俳優を志した当初は、『演技すること』が最優先事項でした。いまは、いい意味で、『自分がどう生きていきたいか』が最初にあるんです。そして、それを考える材料をくれるのが、作品になっている。作品から影響を受けることで、どう進んでいきたいかがハッキリするともいえます。つまり、作品と人生が、いい方向に相互作用しているんですね。作品や役柄に寄り添うように、実世界にも、自分の人生にも寄り添っていきたい。だから、オファーをいただけるようになってからも、オーディションに飛び込むこと、それを楽しめる熱量も失いたくはない。やりたければ飛び込んでいける自分でありたいんです」

 

疾走する内田慈の視点で並走できる喜びが、私たちには与えられているようだ。

 

(取材・文:鈴木利宗)

 

【INFORMATION】

映画『レディ・トゥ・レディ』(監督・脚本:藤澤浩和/主演:内田慈、大塚千弘)12月11日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
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