【連載】玉置妙憂の心に寄りそう人生相談<第67回>
数々のメディアにも紹介され大反響を呼んでいる新書『死にゆく人の心に寄りそう~医療と宗教の間のケア~』(光文社)の著者・玉置妙憂さんが毎週、読者の悩みに寄りそい、言葉を贈ります。
【今回の相談内容】
転職に踏み切れないでいます。私は今の会社に勤めて5年目。1年前には営業部への異動がありました。ただ、この部署が万年人手不足の状態で、給料は変わらないのに残業ばかりが増えています。会社もそれは認識しており、上からは「そろそろ補充する」とは聞かされるのですが、2年間で2人がやめているのにも関わらず、一向に新しい人が入ってくる気配はなく……。このままなら転職したいと考えています。一方で、会社には私を会社に誘ってくれた恩人がおり、新人の頃には期待して海外研修も1年間行かせてくれるなど、とてもお世話になっているので、裏切るような形になってしまうと思うと、どうしても一歩踏み切れないでもいます。こんな時、恩人の方との関係を保ちながら、最後の一歩を踏み出す方法はあるのでしょうか(28歳・男性・会社員)。
【回答】
ありません。あっちもこっちもまるく収まる方法なんて、そうそうありませんよ。
私たちには、知らず知らずのうちに天秤にかけて判断していることが、なんと多いことでしょう。たとえば、スーパーに行って果物を選ぶ。リンゴとミカン。どちらがフレッシュか。コスパがいいか。甘そうか。目的地まで行く交通手段を選ぶ。電車とバス。どちらが空いているか。時間がかからないか。安いか。そんなふうに、さまざまなことを天秤にかけて判断しているのです。
だから得意なはずなのですけれど、ときどき進むに進めず引くに引けずという膠着状態になってしまうのはなぜでしょうか。そんなときはたいてい、天秤にのせるものを間違っているような気がします。
天秤にかけて比べることが可能なのは、あくまでも同質のものです。つまり、リンゴとミカンなら天秤にのせて比較検討することができますけれど、リンゴと電車を天秤にのせて「どっちがいいか」と考えても決められないってことです。
そうしてみると、「給料が変わらないのに残業ばかり」「人員の補充がない」という労働環境と、「海外研修に行かせてもらった」という恩師への御恩は、同時に天秤にのせても比べることのできない異質のものでしょう。だから、にっちもさっちもいかなくなっているのではないでしょうか。
天秤の片方に「恩」をのせたとき、もう片方にのるのは「義理」では? 恩師に今の状況とあなたの考えを真摯にお話しさせていただいて、義理を通しましょう。そして、労働環境については、他社と比較して検討されてはいかがでしょうか。
【プロフィール】
玉置妙憂(たまおきみょうゆう)
看護師・看護教員・ケアマネ-ジャー・僧侶。「一般社団法人大慈学苑」代表。著書『死にゆく人の心に寄りそう』(光文社新書)は8万部突破のベストセラー。NHK『クローズアップ現代+』、『あさイチ』に出演して大きな話題に。現在、ニッポン放送『テレフォン人生相談』のレギュラーパーソナリティを務める。