「金と自由は欲しいけど、何もしたくない──」を貫いてきたタレントで漫画家の蛭子能収さん(74)。2020年夏に認知症を公表した後も、その“人生哲学”はまったく変わらない。絵を描くよりもテレビの仕事のほうが楽だしギャラもいいと言い続ける蛭子さんに突如湧いた「絵画展プロジェクト」。果たしてプロジェクトは成功するのだろうか……。(第5回/全10回)
絵画展プロジェクトの1枚目になるであろう絵を、鉛筆で下絵を描くことなく、フリーハンドで仕上げていく蛭子さん。
40年来の盟友・根本敬さんが語る。
「本人も平気で言うじゃないですか、『漫画は原稿料が安い。テレビならみんなにバカにされるだけで10倍稼げる』って。たしかにそうなんだろうけど……。かつては狂気を内側から描いていたのに、お茶の間の人気を得てからは、まったくの手抜き状態でしたけどね。やっぱり蛭子さんは絵を描いていたほうがいいんですよ」
蛭子さんにどんな作品を残してもらいたいのだろうか?
「正直、今から漫画を描くのは難しいですよ。ストーリーも考えないといけないし、なにか締め切りに追い詰められでもしない限り描けないと思います。
これからの蛭子さんは、一枚の絵で勝負すればいいんです。これまでのテキトーな絵じゃなくて、しっかり労力をかけて仕上げた蛭子さんの作品にはそれこそ100万円払ってもいいという人がいますよ」
そんな根本さんの言葉に、突き動かされるようにペンを動かす速度が増す蛭子さん。
〈狂気の漫画家〉から〈お茶の間の人気者〉になったことに、寂しい思いをしている人は少なくない。根本さんはその代表格だ。
「蛭子さんのすごいところは、人間の基本である『自我』と『自意識』というのが欠落していること。つまり無意識過剰なところ。理想もプライドもない。見栄を張る、自惚れることもない。だから、漫画やイラストを描いても、いつかこういう作品を描きたいとか、目標や夢、製作欲が一切ない。金さえもらえたらいい。そんな世にも珍しい無意識過剰の人間だからこそ、自意識過剰な人たちばかりのテレビの世界で人気ものになったんでしょう。でも蛭子さんの才能はやっぱり絵で発揮してほしいんだよね」
〈金さえもらえたらどんな仕事も引き受ける〉〈葬式で笑ってしまう〉〈自分の子どもの成長に興味がない〉〈蛭子さんのサインをもらうと不幸になる〉──根本さんは数々の蛭子さん伝説の発信元でもある。そんな伝説をまとった“タレント・蛭子能収”はさらに人気を博していった。
そんな根本さんが、今、蛭子さんを芸術の世界に引き戻そうとしている。
「蛭子さんは、日本のサブカルチャーに大きな影響を与えたアーティストとしての高い評価があるのに、本人はまったく無自覚。気づいていないんですよね。蛭子さんの作品を、もっと多くの人に知ってもらいたいよね」
“日本一のクズおじさん”のイメージを世に広めた根本さんが、キュ、キュッと、スケッチブックにサインペンを滑らしていく蛭子さんを柔らかい眼差しで見ている。