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雑木林には、高さ40メートルにもなるナラの木が100本以上も並んでいた。埼玉県所沢市と東京都東村山市にまたがる「淵の森」は、世界的名匠・宮崎駿監督(83)にゆかりの深い地だ。

 

「『淵の森』は、所沢市在住の宮崎さんが映画『となりのトトロ』の構想を練った場所の1つです。’96年に宮崎さんが寄付した3億円をもとに、所沢市と東村山市が土地を購入し、監督が会長を務める『淵の森の会』が、植物の生育環境保全や清掃活動に取り組んでいます。

 

宮崎さんの奥さんの朱美さんも主要メンバーの1人です。監督より年上ですから80代後半ですが、いまもよく森で作業をしています。松の木に虫がつかないように、幹にワラをまいたり、活躍しているんです」

 

そう語るのは、市民団体「淵の森の会」事務局長の安田敏男さん。森を守る活動を通じ、安田さんと宮崎夫妻の交流は、27年に及ぶという。

 

「引退すると宣言したり、今回のように復帰してみたりしていますが、結局芸術家というのは、体が動かなくなるまで仕事を続けるのだな、ということが宮崎さんを見ていてよくわかりました」

 

日本時間の3月11日、第96回アカデミー賞授賞式が行われた。

 

「宮崎監督の10年ぶりの長編作品『君たちはどう生きるか』が長編アニメーション賞を受賞しました。21年ぶり2度目の快挙ですが、ノミネートされたとき、盟友である鈴木敏夫プロデューサーも《『千と千尋の神隠し』に引き続き、2度目のオスカーがもらえたら本当に嬉しいです》と、コメントしていました」(映画関係者)

 

83歳で、いまも旺盛に創作意欲をかき立てているという宮崎監督。その癒しの場となっているのが淵の森であり、日々を支えているのが3歳年上の妻・朱美さんなのだ。

 

「宮崎監督と朱美夫人が結婚したのは’65年。アニメ制作会社『東映動画』で2人ともアニメーターとして働いていたのです。いわば職場結婚でした。

 

’67年に長男・吾朗さん、’70年に次男・敬介さんが誕生し、夫妻は選択を迫られることになりました」(前出・映画関係者)

 

宮崎監督はインタビューで次のように語っている。

 

《女房は東映動画時代の仲間だったので、一本の作品にどれだけ労力を費やすか、僕の仕事を理解しています。

 

といっても、実は女房も、絵をずっと描いていたかったのです。結婚するとき、共働きの約束をしました。で、下の子が生まれるまで、僕も子供の保育園の送り迎えをしていましたが、冬の寒い帰り道で、上の子が眠りながら歩いたりするのを見て「共働きは無理」と判断しました》(『中日新聞』’92年1月31日付)

 

作画力に秀で、将来を嘱望されていた朱美さんに、仕事を諦めてもらったことに、《女房には申し訳なかった、と今もそう思っています》とも語っていた監督。

 

その負い目は、結婚から半世紀以上たった現在も消えていないという。

 

「朱美夫人は、作品の鑑定眼も優れており、夫や息子の吾朗監督の作品にも、歯に衣着せず批評するそうです。

 

吾朗監督が手がけた『コクリコ坂から』(’11年公開)に対しても『アニメーションがいまひとつだったわね』という具合で、『アーヤと魔女』(’21年公開)で、初めて褒めてもらえたのです。宮崎監督も、ほとんど褒めてもらったことはないそうです」(前出・映画関係者)

 

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