諸星和己(写真:本誌写真部) 画像を見る

「『光GENJI』が解散したのは名古屋だからね。大変だったよ、帰りの新幹線でファンのみんなが帰してくれなくて。駅のホームにブワッと人がきて。線路にまで人が降りちゃうんだから。それで何したと思う? 新幹線を持ち上げたんだよ(笑)」

 

「違う! 違う!」とMCに突っ込まれながら軽妙なトークを披露したのは、国民的男性アイドルグループ『光GENJI』のメンバーだ。だが、“彼”が沸かせた会場というのは、愛知県名古屋市内にあるパチンコ店で――。

 

MCを務めたラジオDJの木原幸尚氏が8月9日に自身のインスタグラムを更新し、8日に行われた同イベントの様子を公開した。そこに映っていたのは、一世を風靡したスーパーアイドル、『光GENJI』の不動のセンターで“かーくん”の愛称で親しまれた諸星和己(56)だった。

 

黒シャツ、黒のショートパンツ、ツバの広い黒い帽子という全身“黒”コーデに、黄色いレンズのサングラスをかけたラフなスタイルで現れた諸星は、

 

「光GENJIの代表曲のひとつである『勇気100%』を熱唱していました。動画を見ると、パチンコ店のフロアにたくさんの女性ファンが殺到しており、アイドル人気はいまだ健在に見えましたね」(スポーツ紙記者)

 

木原氏の同投稿のコメント欄にも、

 

《会いに行きたかった〜 めっちゃ近所に居たのね》
《まさか生きている間にティーン時代にTVで見惚れたスーパーアイドル諸星君に逢えるとは!!》
《当時の推しだったかぁくん ベッドサイドの一番近いとこにかぁくんのポスター貼ってました 変わらず格好良い》
《FCに入り、初めて自分でチケットを買って、コンサートに遠征した小6の頃を思い出しました 光GENJI大好きでした》

 

などとファンと思われるユーザーから多くの熱い声があがっていた。

 

旧ジャニーズ事務所に入所し、1987年に同グループのメンバーとしてデビューした諸星。その絶大な人気ぶりはもはや社会現象だった。

 

「鮮やかな衣装に身を包み、“ローラースケートで滑りながら歌って踊る”という斬新なスタイルで一気にスターダムへ駆け上がりました。光GENJIの影響で、全国の小・中学生の間でローラースケートが大爆発的にヒット。 スポーツ用品店からはローラースケートが消え、街中でローラースケートを滑る子供たちで溢れかえるという社会現象が起きました」(前出・スポーツ紙記者、以下同)

 

人気絶頂期にはこんな逸話も。バレンタインデーにファンからのチョコレートやプレゼントが事務所に殺到。4トントラックで20台分のチョコレートが届き、最寄りの郵便局が処理しきれずにパニック状態になったとも。

 

1995年のグループ解散後、ジャニーズ事務所から独立した諸星は一時、芸能界から姿を消したことでさまざまな憶測が生まれた。

 

「“事務所から干されたのでは”なんて噂も流れました。ですが、生活の拠点をアメリカ・ハワイに移したことで、露出がどんどん減ってしまったというのが真相でしょう。その後は歌手、俳優、タレントとしてマルチに活躍。定期的にライブやディナーショーを開けるほどコアなファンを数多く抱えており、56歳になった今も“アイドル”していますね」

 

伝説のスーパーアイドルは今も輝き続けている――。

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出典元:

WEB女性自身

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