今年デビュー35周年を迎える伝説のボーカリストが、9月13日に自身初となるディナーショーを開催する。
自身のレーベルの公式Xで8月25日、ディナーショーの告知をおこなったのは、「WANDS」の初代ボーカルを務めた上杉昇(54)だ。1991年にデビューすると、翌1992年には中山美穂さん(享年54)とのコラボ曲『世界中の誰よりきっと』が累計200万枚を超える大ヒットを記録。「中山美穂&WANDS」として同年の『NHK紅白歌合戦』にも出場した。
その後も『時の扉』『世界が終るまでは…』などヒット曲を連発し、WANDSは一躍人気バンドとなった。しかし、上杉は1996年に突如バンドを脱退する。
今年4月、上杉はWEBメディアのインタビューに脱退の理由をこう明かしている。
《「世界が終るまでは…」を出す直前の94年4月に、敬愛していたNIRVANA(ニルヴァーナ)のカート・コバーンが亡くなり、自死ともいわれました。そのとき、彼の曲や歌詞、悲鳴のような叫びが、妙にリアルに生々しく感じて、「何やってたんだろう、俺は」「自分のスピリットを何も残せていない」と。それが脱退を決めるきっかけでした。》(『AERA DIGITAL』2026年4月29日配信)
もともとロック志向の強かった上杉は、WANDSのJ-POP路線に違和感を抱えており、WANDSの評価が高まるほど、世の中に誤解され続けている感覚があったのだという。
その後、上杉はWANDSを同時に脱退したギタリスト・柴崎浩(56)と「al.ni.co」を結成し、1998年に再デビュー。しかし、2001年にユニット活動の中止を発表し、2002年からソロ活動を開始した。2006年にはバンド「猫騙」の活動もスタートさせている。
WANDS脱退後、特に大きく変化したのが上杉のビジュアルだった。
2003年ごろにはスキンヘッドにしているが、WEBメディアのインタビューで《ビリー・コーガンに憧れてたのと、頭にタトゥーを彫ったんで見せたかったから》(『集英社オンライン』2026年6月16日配信)と、その理由を明かしている。また、頭だけでなく両腕にもタトゥーを入れており、「Blind Melon」のボーカルだった故シャノン・フーンの言葉を刻んでいる。
「こうしたビジュアルの変化には、単なるイメージチェンジ以上の意味があったそうです。上杉さん自身も、WANDS時代に作られたイメージを払拭するため、長髪から短髪、ひげ、体形の変化、スキンヘッドと、あえて自分の姿を変えていったと語っています。“イメージを固定されたくない”という思いが強かったようです」(音楽誌ライター)
こうしてWANDS時代のイメージから距離を置きながら音楽活動を続けてきた上杉だが、近年はメディアへの露出が減っていた。そんななか、昨年は『THE MUSIC DAY 2025』(日本テレビ系)に出演。2024年に急逝した中山美穂さんを追悼するかたちで『世界中の誰よりきっと』を披露し、32年ぶりに地上波で歌唱する姿が話題となった。
「上杉さんは2025年6月に、自身初のアジアツアーを開催。また、今年に入ってからは複数メディアのインタビューにも応じるなど、再び活動を活発化させています。12月4日にはデビュー35周年を迎えることもあり、今年は上杉さんにとって節目の年です。今後、メディアで歌う姿を見られる機会が増えるかもしれませんね」(前出・音楽誌ライター)
そんな記念すべき35周年イヤーに開催されるのが、冒頭の自身初となるディナーショーだ。千葉の京成ホテルミラマーレで開かれ、3万5000円のS席はすでに完売。3万2000円のA席も残りわずかとなっている。
ショーのフライヤーでは、スキンヘッドだったころとは一転、腹部辺りまで伸びたロングヘアに黒いキャップ、眼鏡を合わせた姿を披露。黒の衣装に身を包み、キャップに手を添えるそのビジュアルは、WANDS時代の面影を残しながらも、現在の上杉らしい個性が際立っている。
ビジュアルの変化を繰り返しながら、音楽性を追求してきた上杉。昨年の『THE MUSIC DAY 2025』出演時には、Xで《当時の歌声そのままで感動でした》《唯一無二の歌声》と称賛されていたように、WANDS時代から大きく姿を変えた現在も、その歌声は変わらずファンの心をつかんでいる。
画像ページ >【写真あり】消えた紅白歌手のロン毛&タトゥー姿(他7枚)
