「女優業を始めたばかりのころは、出演作の監督から“下手くそ!”と怒鳴られたこともあったといいます。中村さん自身も“私は天才型ではない”と話していましたが、だからこそ努力を重ねてきたのでしょう」
こう話すのは制作関係者。9月1日に直腸がんで亡くなった女優・中村ゆりさん(享年44)の清貧に生きた生前を明かす。
中村さんは’96年にバラエティ番組『ASAYAN』(テレビ東京系)のオーディションに合格し、伊澤真理さん(44)とのデュオ「YURIMARI」で歌手デビューした。
「物心つく前に両親が離婚し、生活に苦労した時期もあったため、中村さんは幼いころからお金を稼ぐことを強く意識していたそうです。『ASAYAN』のオーディションを受けたのも“お母さんを助けたい”との思いからだったといいます」(前出・制作関係者)
堅実志向は女優として知名度を上げてからも変わらなかった。
「中村さんはとても料理上手で、SNSでは春巻や炊き込みごはんなどの手料理を公開していました。ですが、幼少期や下積み時代の感覚が抜けなかったようで、冷凍保存のしづらい野菜などはあまり買わないようにしていたそうです」(前出・制作関係者)
こうした金銭感覚は、彼女のファッションにも現れていたという。
「ブランドものを身につけることはあまりなく、時計や指輪もほとんどつけなかったそうです」(前出・制作関係者)
しかし、亡くなる3ヵ月ほど前のインタビューで中村さんはこう話していた。
《だけど最近、親しい先輩の指に光るジュエリーに心を奪われて。その“仕事を頑張ったご褒美”というストーリーも含めてたまらなく素敵だったんです。私も大人になった今だからこそ、物語のある上質なものを身につけたい。そんな思いであれこれ吟味し、ついに理想のジュエリーに出合いました。仲間入りしたのは、日常をさりげなく彩ってくれる繊細なダイヤのフープピアス》(「STORY Web」’26年6月13日配信)
それから間もなくして亡くなった中村さん。無念はいかばかりかーー。
