「生前、中村さんは“女優にしてくれたのは『パッチギ!LOVE&PEACE』であり、井筒和幸監督(73)です”と話していました。
‘96年にオーディション番組『ASAYAN』(テレビ東京系)への出演を機に、アイドルデュオ『YURIMARI』として歌手デビューしたものの、‘99年に解散。その後3年間ほど芸能界から離れ、アルバイトをして過ごしていた時期もありましたからね」
9月1日に直腸がんのため亡くなった中村ゆりさんについて、こう話すのは映像制作関係者。9月14日に所属事務所・アルファエージェンシーが44歳の若さで亡くなっていたことを公表していた。
中村さんを見出したのが井筒監督ならば、俳優として育てた存在もいるようだ。
「中村さんは`13年3月に、芸能界入り当時から所属していた事務所から、芸能事務所・アルファエージェンシーに移籍しています。数多ある芸能事務所のなかでも、同社は第一線で活躍する実力派俳優が集う場所として知られています。
豊川悦司さん(64)をはじめ、萩原聖人さん(55)、余貴美子さん(70)、和久井映見さん(55)など名優たちが長年籍を置いており、タレントとスタッフはまるで家族のような関係性だといいます。
そうしたところに惹かれた中村さんは、当時の社長で同社の創業者でもある万代博実さん(享年74)に移籍を直談判したそうです。ですが、万代さんとしてはタレントを増やして会社を大きくするという方針ではなかったため、何度か断ったと聞いています。
しかし、中村さんの熱意に押され、最終的に受け入れることにしたといいます」(芸能関係者)
中村さんと万代氏の間にあった絆は、いち所属タレントと事務所社長という枠組みを超えたものだった。
「アルファエージェンシーに所属して間もないころ、中村さんががんを患っていることが発覚しました。そんな彼女を傍で支えたのが万代さんだったそうです。
関係者に心配をかけないため、がんを公表せずに仕事をすること選んだ中村さんにとって、万代さんは心強い存在だったのではないでしょうか」(前出・芸能関係者)
万代氏は昨年2月に肺がんのため亡くなっている。
「中村さんのがんの再発がわかってから間もなくのことだったそうです。中村さんにとって、万代さんは苦しい時期をともに乗り越え、俳優として育ててくれた存在だっただけに、計り知れない悲しみだったそうです」(前出・芸能関係者)
アルファエージェンシーのホームページには、万代氏の理念がいまも掲示されている。
《所属俳優がより良く生きることの出来る「場」を求めて邁進しております。個々、俳優としての出自、生き方、価値観はそれぞれですが、演技、表現に対する真摯な姿勢と探究心を強く持ち続けている俳優陣の事務所です》
恩人が掲げた言葉を、中村さんは体現していたーー。
画像ページ >【写真あり】超貴重…アイドルディオ「YURIMARI」時代の中村ゆりさん(他6枚)
