「二軒目どうする?」公式Xアカウントより 画像を見る

「好きなことできたし。人生楽勝だな、と思ってました。芸能界に入ってから人生苦しいなと思っちゃった……」

 

9月19日、松岡昌宏(49)と博多大吉(55)がMCを務める『二軒目どうする?~ツマミのハナシ~』(テレビ東京系)に出演した大物女優の発言が注目を集めた。番組では、6歳から18歳までを過ごした福島県いわき市での自由奔放な青春時代を振り返った。

 

「いわきでは何をやってもOKなんだわって思ってた。授業中も好きなことをしてた」

 

自身の学生時代をそう振り返ったのは、女優の秋吉久美子(72)だ。当時、教室ではまるで自宅のリビングのように過ごし、授業中も好きな本を読んでいたという。教師から注意されても「はーい、ナンセンス」と返し、異性との交際が禁止されていた高校時代に喫茶店で男性とお茶をしているところを教師に見つかった際も、「一緒にお茶しませんか」と誘って「お前うまいことやってるな」と言わせたと明かした。

 

しかし、“楽勝”と思っていた人生は、女優デビュー以降激変した。

 

’72年に映画『旅の重さ』でデビュー、’74年に藤田敏八監督の『赤ちょうちん』『妹』『バージンブルース』などの映画で立て続けに主演を務めた。取材現場などでの言動が生意気だと捉えられることも多く、社会や政治への熱が冷めた“シラケ世代”の若者たちの象徴として一気に脚光を浴びることに。

 

「19歳のときには、事前に知らされないなか、現場でヌード写真の撮影をすると言われ、一度はやめるという話になったといいます。それでも、『別に君でなくてもいい』と言われ発奮、後日改めて撮影に臨んだといいます」(芸能関係者)

 

私生活でも絶えず世間を賑わせ続けた。’79年にフォークグループの元メンバーと、できちゃった婚を発表。

 

「当時の過熱する取材のなかで『こんなことになるのなら、いっそのこと卵で産みたい。3年くらい保存しておきたい』と語り、大きな物議を醸しました。多忙な仕事と出産の狭間で追い詰められての発言でしたが、世間からは『元祖プッツン女優』というレッテルを貼られることになりました」(前出・芸能関係者)

 

最初の結婚から10年となる‘89年に離婚すると、’04年12月に26歳年下の日系2世クリエイター男性と結婚。しかしその男性と離婚、再婚をへて、最終的に’14年に離婚している。当時、所属事務所を通じ、《生活をしていくうえで、年齢と経験による温度差が年を重ねるに連れ精神的に疲れるようになり離婚という結論に至った》とコメントを発表した。

 

さらに‘15年には、最初の夫との間に生まれた当時35歳の長男を痛ましい事故で亡くすという悲劇にも見舞われた。

 

数々の波乱をくぐり抜けながらも、いっぽうで秋吉は学びと挑戦の手を緩めなかった。40歳でアメリカへ留学して映像技術を学び、53歳のときには早稲田大学大学院に入学、公共経営学を学び、修了している。

 

「幼いころは優等生だったという秋吉さんは、女優の道を選んだことに関して、亡くなったご両親に対する負い目があったとか。それも進学を決断した理由の一つだったそうです」(前出・芸能関係者)

 

70代をむかえたが、ドラマや舞台で活躍が続いている。

 

「昨年には、音楽劇『三文オペラ 歌舞伎町の絞首台』で自身初となるオペラに挑戦するなど、女優としての演技力は変わらず高い評価を得ています」(前出・芸能関係者)

 

冒頭の番組では、自然体で語る秋吉の姿に、ネット上で次のような声も。

 

《秋吉久美子さん、わがままで怖そうだと誤解してた! めちゃ好きかも!!》
《秋吉久美子さん、面白すぎ》
《年齢よりはかなり若く見えるね、やっぱ女優さんだな》

 

けっして楽勝ではなかったかもしれないが、さまざまな人生経験は、70代でも女優として輝き続けている理由のひとつであるようだ――。

画像ページ >【写真あり】女優デビューから4年、22歳のころの“元祖プッツン女優”(他2枚)

出典元:

WEB女性自身

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