2026年10月17日、鳥取県に訪問された愛子さま(写真:JMPA) 画像を見る

およそ450人にのぼる人々が、週末の銀座を練り歩いている。人々はこう口々に、声を上げていた。

 

「愛子さまを皇太子に!」

 

10月10日、女性天皇について議論するように求めるデモ行進が、東京都内を約3キロにわたって行われた。参加した人々は愛子さまによる皇位継承を期待し、「愛子さまを次期天皇に」という願いを口にしながら、「国民総意 愛子天皇」などというメッセージを書いたプラカードを沿道に向かって掲げていた。

 

主催したのは、女性天皇を望む四つの市民団体が集まり9月に発足した「愛子天皇を考える会」だ。同会の会長は『週刊文春』、月刊『文藝春秋』の各編集長などを歴任した、編集者でジャーナリストの木俣正剛さん(71)だ。

 

デモの終了後、小誌が木俣さんに取材を申し入れると、体調を崩していたという。

 

「行進は日本橋、銀座、新橋に渡って行いました。普通に歩いたら1万5千歩ほどになるはずですが、僕は参加した方々と話しながら、列の前から後ろを行ったり来たりしていて、終わったら4万歩以上になっていたのです。体のあちこちで炎症が起きてしまったのか、デモの翌日に高熱が出て、入院していました」(以下、木俣さん)

 

デモが行われた日は、改正皇室典範の施行を二週間後に控えるタイミングだった。

 

「皇位継承のあり方は、わが国のあり方にも関わる大事な問題です。ですが今、国民の多くは女性天皇を容認していて、“愛子さまに天皇になってほしい”という方々が少なくない中で、その声は国会の議論にまったく反映されませんでした。これほど、国民の声と国会の議論が乖離しているのはおかしいでしょう。

 

皇位継承については、国民的な議論を尽くしたうえで、国民の気持ちや考えが形になっていくべきだと思います」

 

行進に参加したのは、ごく普通の一般市民たちだったという。木俣さんにとって、印象深い一言があった。

 

「デモでは、『天皇陛下万歳』という言葉、また他の宮家や皇族と比べるようなメッセージを発しないようにと呼びかけていました。すると、『“天皇陛下万歳”という言葉は、愛子さまが天皇になられるまで取っておきましょう』と話していた方がいたのが印象に残っていますし、うれしくも思いましたね。

 

ご高齢の方からは、『愛子さまが孫だったら……』『お嫁さんにきたら……』などという声も聞かれましたが、やはり何よりも愛子さまのお人柄が素晴らしいと口にする人が多かったです。こうした部分に、愛子さまの高い人気を感じました」

 

じつは木俣さんは、『文藝春秋』1986年12月号で、外務省に入省される前の雅子さまを取材したことがある。当時を振り返りながら、次のように語った。

 

「グラビアのページで、雅子さまが小和田恆さんに憧れ、父娘2代で外交官になられたという企画の内容でした。インタビューの際、“(雅子さまの母校)田園調布雙葉学園で学んだ友人がいて、学校指定の水着が長袖で、校則も厳しい学校なんですよね”と話しましたら、『そうなんですよ』と明るく笑い出されて、話がしやすくなったことが思い出されます。

 

あの時、まさか雅子さまがお妃候補になられるとは思いもしませんでした。しかし、そうした縁もあるからなのでしょうか、(「愛子天皇を考える会」の活動を)がんばっていきたいなと思えるのです」

 

木俣さんのように「愛子天皇」を望み行動する人々の声。国会の政治家や多くの国民に、どのように響くのか――。

画像ページ >【写真あり】2026年10月10日、「愛子さまを皇太子に!」と掲げるデモの参加者(他7枚)

出典元:

WEB女性自身

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