2026年5月、全国の自治体および政界に大きな一石を投じる出来事が起きた。京都府八幡市の川田翔子市長(36)が「産前・産後休暇」を取得すると発表したのだ。現職の自治体首長が産休を取得するのは“全国初”とされ、CNNやBBCをはじめとする海外メディアも「男性中心の日本政治における画期的な出来事」として報じた。
しかしその一方で、国内では大論争が勃発。とくにネット掲示板やSNS上では《任期中の無責任な産休》《公選職としての自覚が足りない》といった厳しい批判も飛び交い、賛否両論が激しく渦巻いた。
首長が不在の間、“行政サービスは滞らないのか”“災害時の危機管理は誰が責任を負うのか”……。その重責を一手に引き受け、7月20日から約4カ月にわたって「市長職務代理者」として八幡市政の舵取りを務め上げたのが、副市長の能勢重人氏(62)だ。
9月に無事女児を出産した川田市長。11月9日の職務復帰を目前に控えた今、激動の110日間をどう乗り切ったのか。市職員たちとのチームワーク、そして市長との信頼関係まで、能勢副市長が語ってくれた。
■産休2カ月前から周到な準備がスタート
――川田市長の結婚・妊娠を聞いた時、率直にどう思ったか?
「昨年11月に市長から結婚の報告を受け、今年2月頃に妊娠の話を伺いました。結婚したことを聞いてからは、妊娠されることも想定内だったというか、正直あまり驚きはなかったです。
ただ最初は、女性市長が現職中に結婚するということが、自分の頭の中では想定できていませんでした。普通に考えれば、結婚するということもありえるのに、結婚の報告を受けるまでまったく自分の頭の中にはなかった。そういう古い先入観を改めないといけないと反省しました」(能勢副市長、以下同)
――市長が産休中は、職務代理者が市政を回すことになる
「妊娠されれば当然、出産や体調管理などで、議会等の日程と重なるようであれば市長は欠席することになります。地方自治法の規定により、私が第1順位の職務代理者になることは決まっていましたので、やはりその責任の重さからプレッシャーは感じましたね。それでも市長の指示を仰ぎながら、もう一人の吉川圭一副市長(66)や職員たちとしっかり市政を回していこうと覚悟を決めました」
――市長の代理を務めるという重責、ご家族の反応はいかがでしたか?
「市長のプライベートな話ですから、産休取得を公表する直前まで妊娠されていることも妻には話していませんでした。職務代理者になることを伝えたときは『あなたで大丈夫なの?』と。子供たちも驚きと同時に心配していましたね。家庭内ではあまり信用がないものですから(笑)。家族には心配をかけることになりましたが、行政の現場は決して一人で動かすものではないので、組織の力を信じて乗り切ろうと」
――実際に市長が庁舎を不在にする中で、どのように日々の意思決定を行っていた?
「出産の予定時期が事前に把握できていたため、職務代理に入る2カ月ほど前から各部局長と情報共有のルールや副市長への委任事項を入念に準備ができたので、円滑な運営ができました。
日常の業務では、住民票の発行や対外文書の送付などは、私が職務代理者として行っていましたが、さまざまな施策の方向性やあり方などについては、WEB会議をやって市長の判断を仰ぐ形を取っておりました。毎週月曜の定例WEB会議で前週の報告と翌週の予定を共有し、日々の緊急連絡にはLINE、部局ごとの連絡にはチャットを使うなど、情報交換、情報共有を行っていました。
先日も、各部局の懸案事項について、市長から「私も参加したい」ということだったので、自宅から画面越しに生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしながら、丸一日がかりのWEB協議にも参加されました。ただ、市長の強い責任感はわかるのですが、われわれからすると、“もう少しゆっくりされてもいいんじゃないか”と思うぐらい、市長と情報共有を図っていたというのが実態です」
――とはいえ、庁舎に不在ゆえの連絡の行き違いや、政策の停滞はなかったのか?
「連絡の遅れや意思疎通のズレはなかったですね。川田市長は元々行政実務の経験や政治家秘書のキャリアがあり、非常に細やかな配慮をされる方なので、われわれが事前に練り上げた方針に対しても、画面越しに『別の観点からこう修正してほしい』『相手側とはこう調整してほしい』といった的確な指示を出します。市長は庁舎にいませんでしたが、庁舎にいらっしゃる時と同じように、とくに違和感なく運営できたと思います」
――市民が最も懸念していたのが災害などの“危機管理”。どのように備えていた?
「幸い避難指示を出すような大規模災害は起きませんでしたが、有事の際は危機管理監が実務を指揮し、私が最高責任者として避難指示等を決断する指揮命令系統を確立していました。市長自身も『万が一の重大事態が起きたら、登庁して指揮を執る』という強い覚悟を持っておられました。実際に大雨警報が出た際や、熊本地震に伴う職員派遣要請の際には、市長から早朝、深夜問わずに『状況はどうなっているか』と迅速な問い合わせや指示が届くなど、緊張感は常に共有してました」
――職務代理者として、最も重圧を感じた瞬間は?
「やはり9月議会です。議決権を持つ市議会に対し、市長の代理として出席したときが、いちばんプレッシャーを感じました。ただ、八幡市議会の方々も今回の状況をご理解してくださって、無事に乗り切ることができました。議長、副議長をはじめとする議会の皆さんには本当にお世話になったと感謝しております。
■賛否両論への受け止めと、これからの社会への願い
――現職の市長の産休は国内外で大きな反響を呼び、ネット上では多くの批判の声も。どう受け止めていた?
「まず、反響の大きさに驚きました。有権者それぞれの考え方や価値観があるので、いろんなご意見があって当然かなとは思っていました。賛成の意見だけでなく、4年間の信託を受けた期間は仕事に専念すべきというご意見が出るのも一つの考え方として尊重すべきです。 ただ“出産年齢にある女性は市長や政治家になってはいけないのか”といえば、それは違うと思います。
市役所に寄せられた声の中には、厳しいご意見がある一方で、“市長おめでとう”“今後の市政に反映してください”といった声も寄せられました。川田市長は周囲を騒がせてしまったことで、職員たちに何度も「申し訳ないです」と謝っていましたけど、私は市長が言うように、女性リーダーの出産がここまで大騒ぎされずに、当たり前のこととして受け止められる社会になればいいなと思っています。
――11月9日に市長が復帰。肩の荷は下りますね?
「ほっと一息、という感覚は不思議とないですね。住民サービスには終わりがありませんから。肩の荷が下りるとしたら、私がこの副市長の職を完全に退く時でしょうね。今回、職務代理者を務めてあらためて痛感したのは、市長というのは“市政をよくするためのビジョンを描き、新たな線路を敷く仕事”なのだということ。
私たち実務を担う副市長や市の職員の仕事は、その敷かれた線路の上で機関車を安全かつ確実に動かすことです。川田市長には、八幡市をよくしようという強い熱意があり、その情熱のもとで一緒に仕事ができることに、大きな幸せを感じています」
