細野豪志防災相(写真:共同通信) 画像を見る

「決めていたんです。防災大臣に就任した後、最初は熊本だと」

 

11月2日、鳴り物入りで新設された「防災庁」。その初代トップに就任した細野豪志防災相(55)が、発足翌日の3日、早速被災地へと足を運んだ。視察先に選んだのは、震災からの復旧・復興が進む熊本県八代市などだ。現地での第一声に、その並々ならぬ覚悟が込められていた。

 

細野氏は視察後の取材に対し、「自治体の力の差が被災地や被災者に及ぶことがないよう、国としてもサポートしていかなければならない」と語り、自宅敷地内への仮設住宅整備について「対象者を拡大する」との意向を表明。さらに、ペット同伴避難所のあり方やドローンなど先端技術の活用体制にも言及するなど、迅速な現場主義をアピールした。

 

ところが、この視察に対しての世間の反応は冷ややかどころか、批判の声が……。

 

その背景にあったのが、視察前日の2日、細野氏が発表した“国民のみなさまへ”と題した『事前防災徹底のための緊急要請』だ。

 

要請文では「行政だけによる対応には限界がある」「自らの命は自らが守ることが必要」だと強調。家屋の耐震化や家具固定、最低3日間、できれば1週間分の水や食料の備蓄、ハザードマップの確認などの徹底を国民に強く求めたのだ。

 

防災における“自助”の重要性は論をまたないが、新官庁のトップが就任初日にまず口にしたのが「行政の限界」と「国民への緊急要請」だったことが、国民から不安と疑問の声が相次いだ。

 

ネット上では、次々と辛辣な意見が書き込まれた。

 

《順番が逆でしたね。 まず、国としての取り組みを発信してから、 その後、国民に3日分の備蓄のお願いでしたね。》
《「国もサポート」ではないだろうが「国が率先してする」だろうが。》
《目立ちたいから緊急要請とかやるんだろ 迷惑だよ》

 

「細野氏としては、発足直後から強力なリーダーシップとスピード感をアピールし、新設された防災庁の存在感を一気に高めたかったのでしょう。しかし、国民が細野氏に期待したのは“国がどう国民の生命と財産を守ってくれるのか”という“公助”の具体策でした。それにもかかわらず、開口一番に“自助”を『緊急要請』したことで、“国民への丸投げ”“政府の責任逃れ”だと、反発されてしまったのでしょう」(全国紙政治部記者)

 

その不満が冷めやらぬなかで強行されたのが、3日の熊本視察だった。現場でいくら寄り添う姿勢を見せても、国民の目には“単なるパフォーマンス”としか映らなかったようで、

 

《全国民に事前防災徹底のための緊急要請した割には、パーフォーマンスに注力していますね。》
《視察するからには、どんな支援策を持参してもらわないと、見学で感想を述べるだけなら止めなはれ!》
《アピールだけです。》

 

といった冷めたコメントが溢れていた。

 

さらに、国民の反発に追い打ちをかけたのが、視察後に細野氏が自身のXに投稿した内容だった。

 

《防災大臣として最初の視察先は熊本県と決めていた。かつて内閣府防災担当大臣として視察した時とは、心持ちが違う。》。

 

細野氏は、新官庁のトップとしての“覚悟”を綴ったつもりだったのかもしれない。しかし、わずか39日前の9月25日にも熊本を視察していたことから、《心持ちが違う》という表現は、あまりにも被災者に対して失礼ではないかと怒りを買ったのだ。

 

《これすげえ失礼じゃない?熊本は適当に視察したんか?お前が行ってもなんもならんのよ 飛行機代、宿代(税金)の無駄なんよ》

 

「今回の投稿は、本人としては気合の表れを表現したつもりでも、過去の職責を軽んじていたかのように受け取られかねない軽率な物言いでした。被災者や国民の視点でどう読み取られるかまで想像できなかったのでしょう。詰めが甘いと思われても仕方がないですね。現地の会見でも、熊本県が期待を寄せる防災局の誘致について『来年まで議論を見極める』と踏み込まなかった。結局、実効性のある土産もないままの視察に終始しました」(前出・政治部記者)

 

細野氏にとっては、初代大臣の船出を飾る熊本視察のはずだったが、国民への“自助”要請に加え、自らの投稿でも反発を招くなど、厳しい船出となってしまったようだ。

 

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出典元:

WEB女性自身

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