夏が訪れ、フランスの子供たちは2カ月の長い夏休みに突入しました。毎日22時くらいまで空は明るく、この時期のパリの人々は、夕方から冷蔵庫のものを集めてピクニックに出かけたり、夕食後の散歩を楽しんだりします。
7月に旬を迎える果物は、桃やアプリコット。桃はフランス語でpeche (ペーシュ)、アプリコットはAbricot(アブリコ)といいます。わが家では、果物カゴに絶えず買い置きをしてあり、子供も大人も、小腹がすいたときに好きなだけ食べていいことにしています。
アプリコットはよく水洗いをしたら、皮のままガブッといくことができます。日本では生のアプリコットを食べる習慣があまりないので、私はフランスに来て初めて、その甘ずっぱいおいしさを知りました。また、βカロテンを多く含んでいるため目や肌にもよく、最高のおやつなのです。
左:果物カゴに桃とアプリコット。夏のフランス家庭には欠かせないフルーツ。
右:平べったい桃(左)と白桃(右上)、皮がツルツルのネクタリン(右下)。
桃は種類も豊富で、白桃、黄桃、白ネクタリン、黄ネクタリン、平桃、平ネクタリン……。日本と同じく、一般的に黄桃より白桃のほうが繊細な味だといわれています。ネクタリンは皮に桃のようなうぶ毛がなく、アプリコット同様、皮ごと食べることができます。日本では見かけない平べったい桃は、丸い桃より味が濃く、ジューシーで風味豊か。とてもおいしいです。
しかしながら、そこは果物ですから、アタリ・ハズレはあります。マルシェや青果店では、お店の人がおいしいものをすすめてくれますが、スーパーなどで自分で選ぶ場合は、軽く握ってみて、少し弾力があり、香りのよいものを選んでください。しかし、触りすぎは禁物。「あなた、いつまで触り続けるつもり!? あー、桃がつぶれる!」「触ってみなきゃ、熟れているかわからないでしょ!」という、マダム同士の大バトルを目の当たりにしたことがあり、私はそれ以降、ささっと数個の桃を手に取り、買うか買わないか、迅速な判断をするよう心がけております……。
悲しくも、あまりおいしくない桃に当たってしまった、もしくは、生のまま食べることに飽きてしまったというときは、桃をおいしく変身させてしまいましょう。
フランスの桃のデザートといえば、「Peach Melba(ピーチメルバ)」(フランスではPeche Melba<ペーシュメルバ>と呼ばれる)。バニラアイスの上に、風味づけした桃をのせ、フランボワーズのピュレをかけたものです。1890年代初頭、ロンドンのサヴォイホテルで料理長をしていたAuguste Escoffier(オーギュスト・エスコフィエ)が、ロンドンでコンサートを行ったオーストラリア人オペラ歌手・ネリー・メルバのために特別につくったデザートで、エスコフィエ本人が「ピーチメルバ」と名づけたそうです。
左:種類豊富な桃たちも、生で食べることに飽きたらデザートに。
右:ピーチメルバづくり。桃は皮つきのまま、薄く甘みをつけたシロップで軽くゆでる。
オーギュスト・エスコフィエは、19世紀フランス料理界の帝王であり、改革者。大皿料理を取り分けるスタイルしかなかったフランス料理に〝コース料理〟を導入したのも彼であり、料理人の勘とセンスのみでつくられていた料理の調理法を書き記し、1冊の本にまとめたのも彼でした。1903年に刊行されたフランス料理のバイブル『Le guide culinaire(ル・ギード・キュリネール 料理の手引き)』は、フランス料理初のいわゆる「レシピ本(文章のみ)」で、フランス料理の創始者Antonin Careme (アントナン・カレーム)の調理法を基礎に、エスコフィエによって単純化・体系化された5000皿以上のレシピがまとめられています(日本では1969年、柴田書店から翻訳刊行された)。
その中にはもちろん、ピーチメルバのレシピも。今回は、わが家の簡単レシピをご紹介しましょう。
【材料とつくり方】
桃が4個入るサイズの鍋に湯を沸かし、砂糖大さじ4を入れてシロップをつくる。このとき、バニラビーンズを加えるとなおよい。桃は皮つきのまま鍋に入れ、5分ほどゆでて取り出す。粗熱が取れたら皮をむき、完全に冷まして半分に切り、種を取り除く。フランボワーズはフォークの背でつぶし、砂糖適量を加えてピュレをつくる。器にバニラアイスを盛り、桃をのせ、ピュレをかけたらできあがり。
*おいしくない桃を使うときは、砂糖を水の半量用意し、しっかり甘いシロップでゆでる。
左:ゆであがった桃の皮をむくと、皮の赤みが果実に移ってかわいらしいピンク色に。
右:自家製ピーチメルバは、子供たちにも大人気のデザート。
エスコフィエのレシピでは以上で完成なのですが、現代のピーチメルバには、ホイップクリームとアーモンドスライスがつきもの。私も例にならい、生クリームをたっぷり添え、さらには、アーモンドスライスよりも色がきれいなピスタチオをのせて仕上げます。
エスコフィエはピーチメルバのレシピに 「断じてホイップクリームを添えないこと」と書き添えているようなのですが……。とはいえ「料理は時代とともに変化するもの」と語った偉大なオーギュスト・エスコフィエ氏です。私たちのわがままで食いしん坊なアレンジを、きっと許してくれていることでしょう。桃の季節にピーチメルバ。ぜひ、お試しください。