「映画『天と地と』で主演を務めたとき、角川春樹さんに『やりこなしてくれたご褒美』とオファーされたのが、初めて浅見光彦を演じることになった映画『天河伝説殺人事件』でした」
浅見光彦との出会いを振り返る、榎木孝明さん(68)。原作者の内田康夫さんとは、映画のキャンペーンで同席することも多かった。
「初めてお会いしたのは神田明神でのイベントで、内田先生の最初の一言が『そこに浅見光彦がいる』でした。原作を読んでも、浅見の性格は自分にそっくりだし、帽子にジャケット姿のビジュアルも、私の休日のファッションそっくりでした」
だからこそ、フジテレビで2時間ドラマ『浅見光彦シリーズ』が企画されたとき、内田さんの頭に思い浮かんだのは榎木さんだったのだろう。
「後年、先生からは『新作を書くと、榎木くんの顔が浮かび、邪魔をする』という、お褒めの言葉をいただきました」
テレビシリーズが始まってからも、軽井沢の内田さんの住まいに行くなど、公私にわたり家族ぐるみの付き合いをしてきた。
「ドラマに先生がワンポイント出演するのですが、せっかく出るのだからと、お芝居をされる。そんなときは『余計な演技は必要ありません。先生のままが素敵です』とアドバイスしました」通常、原作者が来ると現場は緊張するものだが、2人の関係があったからこそ和やかだったという。
1年に1、2作品のペースで新作を発表してきた。
「1話を2週間ほどかけて作ります。地方ロケでは観光する時間はありませんでしたが、常にスケッチブックを持ち歩き、少しばかりの空き時間に風景画を描きました。“浅見光彦が見た風景”をテーマに、画集を2冊出したことも」
そんな浅見光彦役を、榎木さんは14作目まで演じた。
「役のイメージが強くなりましたし、設定年齢が33歳でしたので、47歳のときに降板を申し出ました。内田先生も慰留してくださいましたが、私の決心が固いことを知り認めてくれました。ただし『条件がある』と、浅見光彦のお兄さんとして出演することに(笑)」
浅見として最後の出演回で内田さんが用意してくれたのは、『黄金の石橋』だった。
「私の祖父が、鹿児島県の菱刈鉱山の一つを所有していたことを先生が覚えていてくださり、榎木家の歴史に深く関わるストーリーに。私にとって、思い出深い作品です」
『浅見光彦シリーズ』(フジテレビ系・’91年~)
フリーのルポライター兼探偵の浅見光彦が活躍する内田康夫の推理小説シリーズ。各テレビ局でドラマ化され、水谷豊や辰巳琢郎などさまざまな俳優が浅見を演じたが、原作者の内田いちばんのお気に入りは榎木孝明だった。
【PROFILE】
えのき・たかあき
1956年、鹿児島県出身。劇団四季を経て、1984年に朝ドラ『ロマンス』でデビュー。以後、大河ドラマをはじめ多くのドラマや映画に出演、水彩画家としても活躍している。