iPS細胞研究の陰に「ペットの再生治療」
『岸上獣医科病院』の岸上義弘院長は、ペットへの『幹細胞移植』の第一人者だ。幹細胞は組織のもととなる細胞で、自己増殖力に富み、どんどん増殖し、さまざまな細胞に分化(変化)してゆく。話題のiPS細胞も幹細胞の一種だ。では実際にどんな治療をするのだろう。
「まず、全身麻酔をかけて脂肪を取り出したら、その日のうちに帰宅できます。その脂肪から幹細胞を採取し2週間培養したら、点滴で体に戻します。これを1週間ごとに3回受けて終了。麻酔は1回だけで、点滴は1回あたり30分くらいです」(岸上先生)
トイプードルのマロンちゃん(9歳・オス)は、椎間板ヘルニアの悪化による脊髄損傷だった。そのため、後ろ足がまひして歩けず、車いす生活を送っていた。ところが「1回目の点滴を受けた次の日には、もう体がシャキッとして立ったんです。それまでは、足なんかピクリとも動かなかったのに。もうびっくりして、うれしくて!」(飼い主の山之上今日子さん)
同じく、トイプードルのマグちゃん(3歳・メス)は前足を2度骨折。一度は切断するしかないと言われた。しかし、幹細胞移植を受け、1カ月ほどで歩けるようになり走れるまでに回復した。また、『王子ペットクリニック』(重本仁院長)で治療を受けた、ミニチュアシュナウザーのロジャーくん(7歳・オス)は、骨髄梗塞のため右半身がまひして立つこともできなかった。しかし投与後、2週間後にはやはり歩けるようになった。
だがこの治療法、残念ながら、猫は犬よりも細胞培養の効率がやや悪いため、犬ほどの効果は見られないようだ。また、もし治療を受けるなら、損傷を受けてから2カ月以内に受ける必要があると岸上院長は言う。
「幹細胞は損傷部からの”助けて”という信号に応えて集まるのですが、損傷から2カ月たつと信号を発しなくなります。そうなると、せっかく幹細胞を移植しても損傷部を素通りしてしまうのです」
細胞培養に2週間かかることを計算に入れると、治療の決断は損傷から1カ月~1カ月半までにしたほうが治癒率が高いという。費用は脊髄損傷の場合で20万~30万円くらい。骨折の場合は手術料や入院料も合わせて50万円程度だ(費用は目安。それぞれのケースによって異なる)。
「この治療はもともと自らの体から採取した細胞を使用するので、副作用がまったくなく、より安全な治療法といえます。幹細胞移植は自然の摂理に沿う、医療のあるべき姿を具現化した治療法だということ。まだまだ可能性がたくさんあります」(岸上院長)