《偽『母乳』ネット販売:細菌1000倍、乳児に危険》7月3日付の『毎日新聞』で、センセーショナルな見出しが紙面を飾った−−。
記事によると、今年2月に出産した女性が、母乳がほとんど出ないために、ネットで販売されていた母乳(1パック50ミリリットルで5千円)を4パック購入。ところが送られてきた母乳を調べてみると、栄養分は通常の半分程度。しかも、細菌量は最大1千倍もあったという。
健康被害が起こる可能性のある母乳が、公然とネット販売されていたことにも驚くが、その背景には“ある問題”があると、『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』の著書もある小児科専門医・森戸やすみ先生はみている。
「母親たちがネット通販を利用してまで“赤ちゃんには母乳をあげなくては”と思いこんでしまう『母乳信仰』が問題なんです。母親の自己犠牲は当然の義務だと思われているのです」
フリーの助産師で、母親学級、育児相談も行っている浅井貴子さんも悲痛な声を現場で耳にしてきた。
「『人工ミルクじゃ、将来、キレる子になるわよ』などもそうですが、科学的に根拠のないデマがいまだに流布されています。母乳へのこだわりが強くなってしまい、人工ミルクを与えることで『母のつとめを放棄して、楽をしている』と罪悪感を抱いてしまう人もいます。また、『ちゃんと母乳を飲ませているの?』という義母のひと言にプレッシャーを感じるケースなどさまざまです」
助産婦や家族、病院スタッフたちが母親を追いつめてしまう「母乳信仰」。近年は人工ミルクとの併用も一般化し、“信仰”が消えつつあるとの印象もあったのだが……。『「カンガルーケア」と「完全母乳」で赤ちゃんが危ない』の著書もある、久保田産婦人科・麻酔科医院院長の久保田史郎先生が分析する。
「’75年に母乳促進運動を開始したWHO(世界保健機関)が、’89年にユニセフとともに『母乳育児を成功させるための10カ条』を発表しました。助産師を中心に、日本の産婦人科医や小児科医もこの方針をベースにしてきた側面があり、今もかたくなにその姿勢を崩さない人もいます」
久保田さんが問題視するのは、第3条の『全ての妊婦に母乳育児の良い点とその方法を良く知らせること』と、第6条の『医学的な必要がないのに母乳以外のもの、水分、糖水、人工乳を与えないこと』だ。
「母乳のメリットばかりで、母乳のマイナス面や、人工ミルクのプラス面には触れられていない。バランスを欠いた、一方的なものだと言わざるをえません。たしかに子どもにオッパイを飲ませることで幸せな気持ちになりますし、オキシトシンというホルモンが分泌され、子宮の収縮を促し、産後の肥立ちにもいいんですね。一方で、初産の場合、出産後3日ほどは母乳がほとんど出ません。それなのに『母乳以外は与えてはいけない』というのは、生まれたばかりの赤ちゃんを飢餓状態にするリスクもある。当院では補助的に人工ミルクを使用します。ところが『ミルクをあげたい』とお母さんが求めても、ミルクや哺乳瓶さえ置いていない『母乳信仰』の病院もいまだにあるのです」
前出の助産師・浅井さんも続ける。
「『人工ミルクは絶対にダメ』と極端なことを指導する助産師は少ないと思いますが、母親学級などで“母乳育児の素晴らしさ”ばかりを語ることで、『母乳信仰』の空気が出来上がってしまうんですね。私は母乳で悩むお母さんには人工ミルクをすすめていますが“これでよかったんだ”と、ホッとされる方が多いですね」
偏った意見に流されず、さまざまな意見を聞き入れ、母子ともに健康で、バランスのよい授乳ができれば、お母さんを苦しめる“信仰”から解放されるはずだ。