(イスラム国の広報ビデオより)
イスラム国(IS)に誘拐されたデンマーク人のカメラマン・ダニエルは、13カ月にわたる拘束の末、ようやく解放された。24歳の彼は、拘束中、日常的な暴力や拷問を受けていた――。
世界で初めてISの内部を詳細に記録した『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』(光文社新書)から、その拷問の一部を紹介する。
————————————————-
「よお、ダニエル。覚悟はいいか?」
太い声が叫ぶ。ダニエルには、その夜ロビーに響いた声に聞き覚えがなかった。だが間もなく彼は、その声の主の正体を知ることになる。それは、アブ・フラヤという仮名で呼ばれる拷問人だった。
残忍さでは右に出る者のない番兵として知られており、人質の拷問に心からの喜びを感じているとの噂だった。
「きれいな髪をしているな。そもそもどうしてこんなところへ来た? まぬけめ、来なきゃよかったんだ。さあ、ついてこい」
男はダニエルの前に立ち、手錠の鍵をもてあそびながら片言の英語でそう言った。
アブ・フラヤは、ダニエルの手錠をラジエーターから外すと、その後ろにつき、まだ見たことのない部屋へ連れていった。そしてダニエルの手首のまわりに泡を塗り、また手錠を掛けた。
「両手を上げろ」
アブ・フラヤはそう言いながら椅子の上に立つと、天井に取りつけたフックから鎖を引っ張り出し、手錠につないだ。ダニエルの体は、完全に伸びきった状態になった。足の裏を床につけて立ってはいるが、腕は天井へ向けてまっすぐ伸ばしたままだ。手錠の内側の泡が滴り落ち、鋭い鉄が手首に食い込む。
「また明日な。それまでに話す気になるかもしれないが」
アブ・フラヤは快活な声でそう言うと、部屋を出ていった。ダニエルは天井から吊り下げられたような状態で取り残された。手や腕の感覚は瞬く間になくなった。その代わりに、ひりひりするような痛みが絶えず体全体を貫いていく。
ダニエルはこれまでに感じたことのないほどののどの渇きを覚え、何リットルもの水を夢想した。ダニエルは一晩中、天井から床へまっすぐ体を伸ばした状態で立ち続けた。
そんな状態が続くと、やがて足元の石床の模様がぼやけ、生きものに見え始めた。床全体が毒虫に覆われている幻覚に襲われ、恐怖のあまり小便をもらした。
シリアでは何十年もの間に、拷問が訳のわからない芸術の域にまで発展していた。独創的で効果的な拷問になると名前がつけられ、大半のシリア人に知れ渡っていた――。