今年3月、大阪府警が捜査対象の車両に、令状なしにGPS端末を付けた捜査を、最高裁は「違法」とした。この裁判を勝ち取ったのは亀石倫子さん(42)。子どものころから協調性がないと言われ、会社でも制服を着なかった。長い物に巻かれることができなかった彼女は、34歳で弁護士になって、公権力に屈せず、「自由」を守り通した。そして闘いはなおも続く――。
亀石さんが弁護士になって7年、その経歴に驚かされる。大学は法学部でさえなかった。卒業したのは女子大の英文科。その後、小樽の実家に戻り、OL生活を送っていた。弁護士を志したのは、会社を退職し、結婚した26歳になってからだ。司法試験に合格したのは34歳。以後、「大阪パブリック法律事務所」に所属し、殺人や強盗などの凶悪事件の刑事弁護を専門に手がけてきた。
弁護士になり、彼女が初めて担当したのは、娘を殺めてしまった母親の弁護だった。アクリル板越しに向き合った依頼人は、上品な人で、娘殺し=凶悪犯という先入観は一目で打ち砕かれた。娘は重度の障害を抱え、夫に先立たれた母親は、何年も娘の介護を1人で続けた。疲れ果て、一緒に死のうと、娘に手をかけたのだった。「大阪パブリック法律事務所」の下村忠利所長は、新人だった亀石さんの接見に、ほとんど同行していたという。
「彼女は、加害者の立場に立って気持ちを聞いていました。すると、すごく泣くんです。共感する力は大切です。ただ、裁判の尋問では泣くなと、厳重注意したこともありました」(下村所長)
ところが、法定でも、彼女の尋問の声は震え、大きな切れ長の目は涙で潤んでしまう。
「依頼人に感情移入しすぎてしまって。今なら、プロじゃないって思いますけど」(亀石さん)
弁護士2年目の’12年、大阪の老舗クラブ「NOON」の経営者が風営法違反で摘発された事件の弁護団に加わり、無罪を勝ち取ったことから、亀石さんはその名を上げる。’15年から始まった「GPS裁判」では、今年3月、亀石さんを主任弁護士とする弁護団の「GPS捜査はプライバシーの侵害にあたり、令状がなければ違法」という訴えが、最高裁でほぼ全面的に認められるという快挙を達成。彼女は一躍、時の人となった。
亀石さんの現在のオフィス「法律事務所エクラうめだ」は、阪急梅田駅近くにある。昨年1月、独立。エクラはフランス語でECLAT。輝きという意味だ。GPS判決を機に、メディアに出る機会も増えた。大阪の報道番組にコメンテーターとして定期的に出演し、裁判を扱う特番の出演依頼も舞い込んでいる。最近では、6月中に可決しそうな「共謀罪」について、聞かれることが増えてきた。
「共謀罪が成立すれば、私たちは日常的に監視されることになるでしょう。最高裁で、令状を取らないGPS捜査は違法と判断されたにもかかわらず、任意で、国民を監視できる共謀罪が成立したら、司法が軽んじられているとしか思えない」(亀石さん)
政府は「テロを未然に防ぐため」と説明するが、亀石さんは、うのみにはしない。
「怖いのは、基地問題、原発問題、安保法案などで政府に異を唱えると、監視対象にされるのではないかということ。政府は間違ったことをしない、警察は間違った捜査はしないと思い込むのは、危険です」(亀石さん)
厳しい口調で断言すると、急に口調が和らいだ。
「プライバシーとは、誰からも監視されず、自由に自分のアイデンティティを確立するための大切な権利。プライバシーを守る社会であってほしい。人はもっと自由で、個性を求めていい。自分のままでいいんです」(亀石さん)