TPPで海外から安い農産物が入ってくる。しかしそれは安全なのか、国産の農作物はどうなるのか。食べ物以外にも国民の生活を損ねかねない要素があるという――。
「厚労省は、アメリカの裁判で発がん性が認められたモンサント社(現・バイエル社の子会社)の除草剤、ラウンドアップの主成分“グリホサート”の残留基準を’17年末、小麦で6倍、とうもろこしは5倍、品目によっては400倍に引き上げました。TPP(環太平洋パートナーシップ協定※)に沿うよう国内法を改正したのです。こうしたリスクの高い農産物が、’19年から多く入ってくるようになります」
そう話すのは、元農林水産大臣で弁護士の山田正彦さん。TPPは、太平洋に面する国々による自由貿易を推進する協定。貿易の支障になる物品の関税を下げたり、企業に有利になる知的財産権を強化する内容だ。
経済成長につながると日本政府は主張するが、さまざまな問題が指摘されている。とくに注意が必要なのは「食のリスク」。山田さんは続けて言う。
「懸念されるのは、残留農薬だけではありません。家畜に使う成長ホルモンや抗生物質も心配です。TPPでは、自国で決めていた食品の安全基準を、世界的な食品規格である“コーデックス基準”に合わせることになった。しかし、その基準では、発がん性が報告されている成長ホルモンや抗生物質の使用も認めているのです」
■食品の「遺伝子組み換え表示」ができなくなる
さらに深刻なのが、“遺伝子組み換え”などの表示ができなくなる可能性があること。遺伝子組み換え食品は、アレルギーを誘発する可能性などが指摘されている。
「これまでは遺伝子組み換え食品については表示が義務付けられていました(食用油など、一部を除く)。しかし、TPPには製品が売れなくなる恐れがあるとして、表示する場合は遺伝子組み換え作物を生産する企業の意見を聴取してから決めることになっています」
事実上、企業からのプレッシャーで、表示ができなくなる可能性が大きいという。
「“遺伝子組み換えでない”という表示も見直されます。日本の消費者庁はいままで混入率が5%以下なら“遺伝子組み換えでない”と表示していた醤油や豆腐などの製品を、混入率0%のものだけ表示できるように見直しました。しかし実際、混入率を0%にするのは不可能なので、結果的に、これまで“遺伝子組み換えでない”と表示されていた商品は、非表示になる可能性が高い」(山田さん)
一見、基準を厳しくしたように見えるが、実際は、消費者が知る機会を奪われることになる。
■薬の価格が高騰する
脅かされるのは、食の安全ばかりではない。
「ジェネリック医薬品が作りにくくなり、将来的に薬価が高騰する可能性があります」
そう話すのは、自由貿易に詳しいアジア太平洋資料センター共同代表の内田聖子さん。
「製薬会社は特許期間が切れたらデータを開示し、後発メーカーがジェネリック医薬品を製造できるようにしなければなりません。しかし、TPPによって、バイオ医薬品のデータ保護期間が、5年から8年に延長されました。アメリカがTPPから脱退し、ベトナムなどが延長に反発したことから、この項目はいったん凍結されました」
しかしもともと日本は12年に延長することを求めていた。
「先進国は製薬会社のビジネスに有利にしたいのでしょう。いずれにしても高い薬を買わざるをえなくなり、患者の医療費負担が増えることになります」
TPPの仕組みに、投資家保護のために企業や投資家が、国や自治体を訴えることができる、紛争解決制度(ISD条項)がある。
「以前、ISD条項を使ってフランスの水道会社がアルゼンチンのサン・ミゲル・デ・トゥクマン市を訴え、数億ドルの賠償金を支払わせました。市がフランスの水道会社に運営を委託すると水質が悪化。料金も値上がりしたので、途中で契約を打ち切った結果です」
企業の経済活動を活発にするためのTPP。それが生活の安定を奪うことになってはいけない。
(※)参加したのはオーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナムの11カ国。アメリカは離脱。