コロナ禍に加え、有名人の自殺報道が相次いだ影響か、国内の自殺者数が増えているーー。
「自殺者ゼロの国にしたいんです。みんなが『死にたい』なんて思わなくてすむ国に。だから“いのっちの電話”をやっています」
そう話すのは、建築家や作家、画家など多彩な顔を持つ坂口恭平さん(42)。坂口さんは2011年、福島第一原発事故をきっかけに、東京から故郷の熊本へと家族で移住。自身も躁鬱病に苦しみながら、自分を含め「誰も自殺してほしくない」との思いから、みずからの携帯電話番号(090-8106-4666)を公開し、この10年間、たった一人で自殺願望を抱える人々の相談を約2万件受けてきた。
その名こそ“いのっちの電話”。政府が行う「いのちの電話」をもじって付けた。近著『苦しい時は電話して』(講談社現代新書)でも、「死にたくなるのは懸命に生きているから」だとし、坂口流の生き抜くコツを紹介している。
そんな坂口さんの“いのっちの電話”に、8月になってから電話が急増しているという。
「それまでは1日に5件ほどだった電話が、8月に入って15分に一度のペースでかかってきます。最多で1日100件受けたことも」
7割が女性で、20代から80代と幅広い。
「社会から孤立していって、仕事もうまくいかない。親やパートナー、あるいは会社の上司などから、なんらかのハラスメントを受けている人も多い。みんな、こんな悩みは私だけかもしれない、と思って電話してくるけど、同じ人がかけてきたのかな、と思うほど声色も似ていて、共通点があるんです」
実際に自殺者数は増えている。警察庁の調べによると、今年8月に全国で自殺した人の数は速報値で1849人。去年同時期に比べ、246人(15.3%)増えた。増加した246人のうち186人が女性だという。
では、死なずにすむためには、どうしたらいいのか。坂口さんは、その背景には経済的な問題があると感じている。
「働いてもまともに生活できないとか、上司からハラスメントを受けるとか、そんな会社にいて死にたくなっているくらいなら、ソッコーで辞めて生活保護をもらってください。なんのために税金を納めているんですか。この国の生活保護は月13万円。毎日働いてそれ以下の給料しかもらえないなら、国も受ける権利を認めているってことです。最低限の生活を保障するベーシックインカムなんですよ。ところが、多くの人が借金までして自分の首を絞めている。生活保護をもらうなんて、つまんねぇヤツみたいな自意識が、みんなの中にあるんですよね。でも、それで自分の生活が安定すれば、社会に還元することもできる。僕に電話をくれたある人は、脳梗塞で倒れてから介護の仕事ができなくなったと。でも、生活保護を受けながら、近所のじいちゃん、ばあちゃんに介護のコツを教えているそうです。だから、生活保護で生活が安定している間に、自分が本当にやるべきことを見つけて、次のステージに進んでほしい」
本当にやるべきこととは、「自分の魂が震えるようなこと」だと坂口さんは言う。
「わかりやすく言えば、自分が心地よいと感じること。体が自然に動くことです。それを日課にしてみて、とアドバイスしています。たとえば僕の日課は、毎朝4時に起きて原稿を10枚書く。9時からはジムで1時間、汗を流す、昼は自分で作った昼食を食べながら休憩。午後からはアトリエに行って、大好きなパステル画を描く。夕方になったら、畑で野菜を収穫して。こうした日課をこなしながら、いのっちの電話を受けています。日課を継続するうち、死にたい気持ちがなくなっていく。つまり、自分の薬をつくるってことなんです。僕自身、この1年は躁鬱が一度も出なかったんです」
坂口さん自身は、これらの日課が結果的に仕事に結びつき、今年に入っては書籍を2冊、アルバムもリリースするなど、特に順調だ。
「坂口さんだからできるんだとか、自分にはやりたいこともない、と言う人もいます。でも、自分の魂に向き合う時間がとれたら、おのずとやるべきことが見つかるはず。今までは、人から与えられた労働に時間を奪われて、思考を停止させられていただけです。失業したり、仕事を辞めたりした人はチャンス。生活保護を受けることをためらわず、その間に魂が震えるようなことを見つけられたら、それを磨いて仕事にしちゃいましょう。僕は今、みんなに『会社をつくろう!』って、すすめているんです。だって、月給13万円よりは確実に稼げますから(笑)。そのコツも電話で教えますよ」
つまり、他人にコントロールされていた人生を、自分の手に取り戻すというわけだ。
「それができたら、次は徳を積むこと。人を助けることです。先日、僕、近所でケガしているハトを保護したんです。ハトが流血しているのが気持ち悪かったのか、誰も近づかない。でも、そういうときに勇気を持って、大丈夫ですかと言える人でいたいな、と。相手が人間でも動物でも同じですよね。今後、また訪れますよ、コロナ禍よりもっと大きな危機が。そんなときでも、誰かが困っていたら手助けできる人でいたい。だから僕は、無償でいのっちの電話を受け続けているんです。なぜかっていうと、それが僕自身を生かすことにもなるから。自分一人で生き残ったってつまらないでしょ。そうやって、いつか自殺者ゼロの国にする。それが僕の目標です」
「女性自身」2020年10月13日号 掲載