大きめのサッカーのユニホームも、いつかピッタリになるはずだった(写真:遺族提供) 画像を見る

「命日の9月30日が近づくと、時効までの期間もまた1年短くなったのだと痛感します。近くに犯人が住んでいる可能性も高いと考えています。スーパーで買い物をするときにすれ違っているかもしれない……。日々、そんなことを考えています」

 

埼玉県熊谷市に住む小関さんは、迫りくる時効に焦燥感を隠せない。

 

2009年9月30日、当時小学4年生だった息子の孝徳くん(享年10)は、自宅近所の生活道路で自動車のひき逃げ事故に遭遇し、命を奪われた。事故から17年が経とうとしているが、いまだに犯人は逃げ続けている。

 

「『犯人を恨んでいますか?』とよく聞かれますが、誰だか分からないんです。どんな人物なのか、男性なのか女性なのか、想像することすらできません。憎みたくても誰を憎んでいいのか分からない。これが未解決事件での、遺族の苦しみです」

 

小関さんは、孝徳くんが4歳のときに夫を亡くしたため、苦労しながら育ててきた。

 

「母子家庭ということもあって、孝徳は子供ながらに“父親の代わりをしよう”と助けてくれました。ゴミ出しでも“嫌だよ”って顔のときがあっても、言い返したりはせずに手伝ってくれました。私はそれに甘えていた部分があったと思います」

 

小学4年生のときの誕生日には、自分で生活を管理できるようにと小関さんは腕時計のプレゼントを提案した。

 

「本当はゲームとかおもちゃがよかったのでしょうが、実用的な腕時計にしました。高いのでもいいから自分で選びなさいって、一緒に買いに行ったんです。私が近くにいると遠慮するから、少し離れたところで待っていると、やっぱり孝徳は値段が安い方から選ぶんですね。しばらくして『決まったの?』って聞いたら、孝徳が指をさしたのがグレーのデジタル時計でした」

 

しかし、ある日突然、息子の命を奪われてしまった。小関さんが帰宅したとき、孝徳くんの自転車がなく、携帯電話を見ると知らない番号からの着信履歴があった。

 

折り返し電話をかけると「すぐに病院に行ってください」と告げられた。病院の入り口には警察官が立っており、孝徳くんがすでに警察に搬送されており、警察署では、孝徳くんがひき逃げに遭い、亡くなったことを聞かされた。孝徳くんの通う小学校の校長や担任も警察署に駆けつけ、遺体の確認をした。

 

「後頭部の損傷が激しく、私は見ないほうがいいだろうと……。それで所持品で確認することになったんです。カラーの写真に写っていたのは、プレゼントに贈ったグレーの腕時計でした。『(孝徳くんで)間違いありません』と答えました」

 

事故当時、警察官は「絶対に見つける。これは殺人です」とはっきり告げた。しかし事故の手がかりが少なく、捜査は難航した。“ここに立てば、何かがわかるのではないかと”と、小関さんは事故現場に足を運んだ。

 

「事故があった道路は、当時はカーナビでも案内されない道で、地元以外の人は通らないと思っていました。ただ、実際には熊谷以外の地域や他県の車も通っていました。立って見ているだけではダメだと、翌日にはメモ帳を持って、通行車のナンバーを記録しはじめたのです」

 

30人の友人たちも協力して、事故があった時間帯の路上に立ち、ナンバー、ドライバーの性別、どちらに曲がって行くのかをすべて調査。通行した車両はのべ10万台に上った。事故現場の道を通る車が向かう先を調べ、熊谷市や近隣の行田市、深谷市などを中心に、目撃情報を募るチラシを配った。

 

さらに小関さんは2019年1月にブログを開設して情報提供を呼びかけた。独自に交通事故の調査機関に検証を依頼し、当初警察が想定していた単独車による事故ばかりではなく、“1台目が衝突して倒れたところを、2台目の車が轢いた”という2台関与の可能性も導き出した。

 

2019年9月に、事故発生当初の罪状だった自動車運転過失致死罪の時効(10年)を迎える3カ月前に、小関さんのもとに埼玉県警から、まもなく時効を迎えるため、その手続きを始めることが告げられた。

 

「孝徳はひき逃げです。犯人が逃げている以上、過失なのか、危険運転なのか、殺人なのかわからないじゃないですか。警察には『本当に、絶対に過失致死だったと言い切れるのですか?』と説明を求めました」

 

こうした母の思いがあるなか、警察は時効12日前に罪状を危険運転致死罪(時効20年)に切り替えたのだった。時効は延びたが、2026年現在、残された時間はあと3年を切ろうとしている。しかし、犯人逮捕には至っていない。

 

小関さんは現在、ひき逃げなどの重大事故における「時効撤廃」を求め、国会議員や自治体の議員などへの働きかけを続けている。2022年3月には埼玉県議会で、2024年12月には熊谷市議会で、死亡ひき逃げ事件における時効撤廃を求める意見書が全会一致で採択された。法務省へはこれまで4度、足を運び、時効撤廃の要望書や署名などを提出している。

 

事故から17年が経ち、生きていれば孝徳くんは今年27歳になるはずだった。小関さんは職場での出来事を語る。

 

「職場でちょうど孝徳と同い年の研修生が来て、夢や希望に満ちあふれていて。『頑張ってください』と伝えたとき、孝徳だったらどんな大人になっていたのかなと思ったんです」

 

息子の未来を奪った犯人が、何の罪にも問われず逃げ続けていることを、許すことはできない。

 

「死亡ひき逃げ事件の時効を撤廃して、犯人の無罪を成立させないこと。それが今、私にできる唯一の叫びです。死のうと生き延びていようと、罪は消えません。犯人は、どこかで私が絶対に探します。あのとき何があったのか、真実を聞き出したい」

 

10歳で時間を止められた息子と、探すことを諦めない母。ひき逃げの罪が消えることは決してない。

画像ページ >【写真あり】動物が大好き、心優しい少年だった孝徳くん(他2枚)

出典元:

WEB女性自身

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