桃井かおりさん、浅野ゆう子さん、夏木マリさん、阿川佐和子さん。突然ですが、彼女たちの共通点はなんだかお分かりになるでしょうか。実は彼女たち、50代以降になってから結婚をした女性たちです。
高齢化が進む現在、ヒトの寿命は80年90年100年と、どんどん伸びています。それにともない当然ながら健康寿命も伸び、人生を謳歌できる時間も増えています。
50歳ならあと30年。60歳でもあと20年はいけそう。そう考えると第3、第4の人生を終活に費やすのではなく、新たなパートナーを得て……と考える人が増えるのもうなずけます。
こうして新たな選択肢として恋愛や結婚を選ぶ人も増える今、50歳の恋を丁寧な描写とじわじわと涙腺を責めるストーリーで話題を呼んでいるのが、朝倉かすみ著『平場の月』です。本年の第32回山本周五郎賞を受賞し、直木賞にもノミネートされた本作。いま日本の50代以降に何が起きようとしているのか、ストーリーと共に紐解いていこうと思います。
■芸能界でシニア恋愛が流行する分析
芸能界で流行るものは、一般社会でも流行る。これは筆者の半分個人的な持論ですが、たとえば不倫やシニアの恋愛や結婚しかり。世間で話題になるキッカケは、芸能人の誰ソレがしていて……ということはよくあります。
50代以降の恋愛や結婚が流行るのには複数の理由がありますが、芸能界という場所で言えばやはり「一般社会よりもみなさん若々しく収入もあり、また既存の価値観に縛られていない人が多い」という点があげられます。
・恋愛や結婚は若い人がするものという思い込み
・老後不安があるとシニアでの結婚は難しい
この2点をクリアすることで、人はいくつになっても周りや未来を気にせず恋愛や結婚が自由にできます。それを最初にできるのが芸能人であり、芸能人がやり始めることで、価値観はだんだん柔軟になっていき、一般人にも浸透していく。という図式があるのではないでしょうか。
■『平場の月』は、すぐ横にある生活とみまがうほどの現実感が涙を誘う
前述の『平場の月』は、そんなシニアの恋愛をリアルすぎるタッチで描いています。
主人公の青砥健将と、須藤葉子は共に50歳。中学生の同級生同士で、中学時代に青砥は須藤に告白し、振られています。青砥も須藤も結婚と離婚を経験。お互い地元に帰り、目の前の生活を生きているところ、病院の売店でばったり再会しところから、ストーリーは始まります。
50歳にして青春カムバックか!? と思ったところで、関係は急展開を迎えます。なんと須藤に大腸がんが見つかり、切除手術の後にストーマ(人工肛門)をつけ、さらに抗がん剤治療へと移っていくことに。
見出した新たな恋。そして限りある命。不器用な50歳の2人が淡々と現実に向き合い、寄り添おうとする姿には、「じわじわと迫る読後感がある」「胸がぎゅっと締め付けられる」「凄くリアル」といった、声が集まっています。
■読むのが辛くでも目が離せない。迫る命の炎と、ゆっくり進む2人の気持ち
『平場の月』の中の50歳の恋愛には、派手さやトキメキといったものはほとんどありません。そのかわり“平場”と表現するように全編通して現実感がただよう中で、男女の不器用な感情が味わえます。
だからこそ30代の私は読み進めていくと、時々読むのが辛くて止まってしまうことがありました。それほどにここで描かれる平場、すなわち物語の現実が言葉は悪いけれど地味でリアルで迫るものがあり、受け入れるのが辛いのです。
お金もそんなにない。健康もない。でも人を想う気持ち、寄り添いたいという気持ちは不器用な中に確かにある。10代20代のような捨て身の情熱はなくとも、青い炎のような、ゆっくりと燃え続ける愛がある。
しかしそんな小さく燃える炎も終盤に向かい、難しくなっていきます。最後は「なんで?」と読む人の多くが行動に対して思うこともあるようですが、50代の普通の男女だからこそ描ける大人恋愛模様が味わえます。
いくつになっても、どんな立場になっても、人は人と寄り添うことを求め続ける。芸能人だって一般人だってそれは同じ。そんな現実を、じわじわと迫る現実感と、そして悲しみと共に味わうことができる本作。
「ちょうどよくしあわせなんだ」
本作で須藤が言うセリフですが、読み進めるごとに胸にじわりと広がる幸せと切なさが、まさに私たちが味わいたいとぼんやり思う “ちょうどよく幸せ”なのかもしれません。
『平場の月』特設サイト
https://special.kobunsha.com/asakura/
(文:おおしまりえ)