■彼女のほうから、もうこれ以上は一緒にいられない
とても痛い失恋をしたことがある。20歳ぐらいのときだった。相手は2歳ぐらい年上で付き合ったのは4カ月……。
突然、言われた。
「白紙に戻そう」と。でも、白紙になんて戻るわけがない。
あのとき、僕は、おかしくなった。自分の弱さがあったと思うけれど、笑えるぐらい、おかしくなった。
彼女は白血病だった。付き合い始めてから、それを聞いた。でも、僕たちには関係ないと思った。
彼女が病気だろうと、何だろうと、僕が彼女を好きな気持ちは変わりない。
命にかかわる病気だということもわかっていた。でも、僕が思っている以上に、彼女はもっともっと深く病気のことを、そして、僕のことを思っていたんだ。
そのことを、僕が理解できなかったということが、いちばん大きな別れの理由だったような気がする。
彼女が僕の目の前で倒れることはしょっちゅうあった。僕には、どうしていいのかわからないこともよくあった。
彼女のほうから、もうこれ以上は一緒にいられないという答えを出してきた。嫌いになったわけじゃない。でも、もうこれ以上は一緒にいられない……と。
別れの言葉は、電話だった。僕は彼女に会いに行った。どうしても納得できなかったから。嫌いじゃないのに、別れなければいけない? なぜだ? そんな理由があるのか? そんなの全然わからない。
でも、彼女は、もう決めたことだからとしか言わなかった。彼女の性格はよく知っていた。
決めたことを簡単に覆す人じゃない。僕も、わかったと、言うしかなかった。
どうにでもなれという気分だった。だから、車で無茶をした。
前にも話したことだけど、大破した車を前にして、僕がぼんやりタバコを吸っていると、彼女から電話がかかってきた。「何やっているのよ!」と、彼女に泣かれて、僕は、目が覚めた。そんな自分が心底情けないと思った。僕は、自分のことしか考えられない子供だったんだ。
彼女は、僕と付き合う前にフィアンセがいた。彼は、いつも車で、彼女を迎えに来てくれたという。でも、あるとき、彼女を迎えに来る途中、事故に遭って、亡くなってしまった。彼女は、ずっとそのことを考え、悩んでいた。
好きだと思っている相手が、突然、いなくなるって、どういう気持ちかわかる? あなたに、そんな思いをさせたくない……。
彼女は、一生懸命だった。僕に自分の気持ちを伝えようとした。その言葉の底にあったのは、フィアンセを失った悲しみ、病気と闘い続ける覚悟、そこに潜む死ぬかもしれないという恐怖――。
でも、当時の僕はまだとても未熟で、彼女の真意がわからなかった。そんなの勝手じゃないかと思っていた。だから、車で無茶なんかできたんだと思う。
彼女に泣かれて、僕は彼女を傷つけたことに気づいた。
本当に何をやっているんだ、俺は……。
それから二度と、僕は車で無茶をしない。命を粗末にすることもない。
彼女の近況は聞いている。時々、連絡をとっている。幸いなことに、病気はよくなっているそうだ。頑張っているんだと思う。
表面的な優しさは、世の中には多い。
表面的な優しさで、相手を傷つけないようにしようというんじゃなく、そのときは相手を傷つけてでも、その後、相手が前に進めるんだったら、自分はどう思われてもかまわないというのは、すごいと思う。
長い時間がかかるとしても、最終的に相手はわかってくれるという思いでできる行為。自分が誤解されたとしても相手のことを思い、相手を信頼しているからこそできる行為。相手の背中を押すことに対して、何の見返りも求めていない決断の表れ――。それが、本質的な優しさだ。
そのことを僕は、彼女に教えられたと思っている。
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『自白』刊行から20年、今回刊行された『自白II』では波瀾万丈のアーティスト人生を歩んできた彼が50歳となった今、20年の沈黙を破って後半生を振り返っている。遺書を20通書いた活動休止期間の苦闘、主演映画『翔んで埼玉』の舞台裏、個人71連勝中のバラエティ番組『芸能人格付けチェック!』の葛藤、先輩アーティストたちとの華麗なる交流録、実業家として億単位の負債、最後の恋など仕事と私生活を自ら明かしている。
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