佐藤弘道 下半身麻痺に待ち受ける過酷リハビリの日々…同級生妻は献身ケアの覚悟
画像を見る 93年から12年の間、『おかあさんといっしょ』で第10代体操のお兄さんを務めた佐藤

 

■「続けることが大事なんじゃないの?」

 

体操のお兄さん時代、久美子さんは専業主婦として夫を支えた。

 

「2人の子どもを育てながら、食の部分でアシストしていました。食卓には野菜がたっぷり入ったナポリタンや野菜の豚肉巻きが並ぶそうです」(前出・スポーツ記者)

 

『おかあさんといっしょ』の、“同期”であった元歌のお兄さんの速水けんたろう(62)が’99年4月に卒業。

 

弘道は番組を引っ張っていこうと意気込むも空回りし、久美子さんに弱音を吐いたことがあったようだ。’23年8月に配信された「Number Web」のインタビューで当時のことを語っている。

 

《妻の前で「もうできない、やめたい」って泣いてしまったんです。そうしたら、彼女に「やめたかったらやめればいいけど、続けることが大事なんじゃないの? やめるなんて簡単なんだから」って説得されて。それで、もう一度頑張ってみようと思えたんです》

 

’05年4月に佐藤が体操のお兄さんを卒業。これを機に、個人事務所を立ち上げる。

 

「弘道さんが余計なことを気にせずに好きな仕事に集中できる環境を作るため、久美子さんが代表となりました。ギャランティの交渉や、事務作業などの煩雑な業務を一手に引き受けているそうです。弘道さんの体操教室では、隣に立って子どもたちを指導することもあるとか」(前出・スポーツ紙記者)

 

脊髄梗塞になってから2週間が経過しているが、彼の現状とは。

 

「脊髄梗塞に罹患しても、すぐに復帰できる人もいますが、弘道さんは“今は全く歩けません”と公表しており、長期間のリハビリの必要があるようです。夫妻にとっては辛苦の日々が続くでしょう」(前出・スポーツ紙記者)」

 

厳しい状況下でも佐藤は一生懸命、前を向いていた。

 

「高校1年生のとき、つり輪の宙返りに失敗し、一時、全身が動かなくなったことがあったそうです。頸椎を亜脱臼していて、病院に急行し、手術を受けワイヤで固定。リハビリを頑張り、筋肉を強化して器械体操部に復帰し、最終的に都でつり輪6位になった“V字回復”の経験を今回、思い出しているといいます。

 

またポジティブな性格の久美子さんによる献身的なケアも大きな助けになっていると聞いています」(芸能関係者)

 

二人三脚で歩む2人は、今年の11月で結婚30周年を迎える。

 

「弘道さんは常に支えてくれる久美子さんへの感謝を込めて、結婚したとき、10周年、20周年といった節目にダイヤモンドのネックレスを贈っています。11月の30周年、笑顔で新しいネックレスを久美子さんに手渡しできるように精いっぱい、リハビリに取り組むそうです」(前出・芸能関係者)

 

かつて久美子さんはインタビューで、《私はこれからも主人を支えていきます。ときどきは一緒にジャージになって子どもたちを教えながらですね》(『週刊朝日』’14年5月2日号)と語っていた。

 

ダイヤモンドの石言葉は不屈。体操教室の再開を目指して、佐藤夫妻は困難に屈せず、進み続けることだろうーー。

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