約1年2か月の活動自粛を経て、口を開いた。だがその言葉は、被害者ではなく“自分”に向いていた――。
フリーアナウンサーの生島ヒロシ(75)が4月から文化放送でラジオパーソナリティーとして活動を再開することがわかった。17日に配信された『オリコンニュース』にて復帰と“当時”について語っている。
「生島さんは’25年1月、約27年間パーソナリティーを務めたTBSラジオ『生島ヒロシのおはよう定食/一直線』を突然降板。TBSラジオは“TBSグループ人権方針に背く重大なコンプライアンス違反があった”と発表しました。生島さんはその事実を認め降板。内容としては“不適切な写真”をラジオスタッフに共有、それについて女性スタッフがセクハラだと指摘したことです」(スポーツ紙記者)
活動再開にあたって生島がオリコンニュースに語ったのは、主に“自身の苦しみ”だった。《存在価値がゼロになった》《自分の人生でやってきたことが、全部否定された》──。妻と夜道を歩いた際に《まるで犯罪者みたいだね》とこぼしたエピソードも明かしている。
しかし……この件がネットニュースで報じられると、ある点について批判的なコメントが相次ぐことに。“被害者への謝罪”がほとんど含まれていなかったのだ。
《無関係な人にまで謝罪しろとは言わないけど、明らかに自分の軽率な行為によって周囲の人に迷惑を掛けた事は置いといて、あまりに自分の事ばかり》
《犯罪でなくても被害者がいる。その重みを本当に受け止めているのか》
《自分は不適切な行為をしたが、贖罪しているのにそれ以上の仕打ちを受けてひどい目にあっている、と読めてしまう》
《被害者の痛みへの想像力が欠けていると感じる。結局、本質は変わっていないのではないか》
《一年位の自粛で、本来のその人の気性、気質が変わるとは到底思えない》
「生島さんのコメントを読む限り、語られているのは“自分がどれだけ辛かったか”ということ。自粛期間中に支えてくれた家族や友人への感謝は述べられていますが、ハラスメントの被害を受けた当事者への言葉がない。それでは、被害者のことを考えていない、何も変わっていないと思われても仕方がないでしょう」(前出・スポーツ紙記者)
突然、仕事を失ったことに絶望を感じたのはわかるが、その原因を作ったのは他ならぬ生島本人。再出発の言葉で真っ先に語るべきことは他にあったはず──。
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