《充の母親の顔が映らなかった理由は?》『Tシャツが乾くまで』の“伏線”を専門家が徹底考察…『失楽園』脚本家が明かす“不倫ドラマ”の描き方
画像を見る 咲子の夫で、親族との関係が疎遠な充を演じる松山ケンイチ(写真:本誌写真部)

 

■三島由紀夫の『愛の渇き』が伏線に

 

堀井さんは、充の失踪癖にも着目する。

 

「失踪を描いたドラマはさまざまありますが、充の場合は昭和の“蒸発”に近い。理由なく家庭から離れたくなる、同じ人と向き合いたくない。こういう特性のある男性は少数派ですが、ここを描くってなかなか思いきった設定。女性は理解できないでしょうが、きっと悪気はないのです」

 

咲子、充、あずさ、樹生は、いずれも毒親やネグレクトなどの家庭環境を背景に持つアダルトチルドレン。家族問題評論家の池内ひろ美さんは、充の失踪癖や、1年ぶりに「ただいま」と帰宅した夫を受け入れる咲子の姿に、“完全なる他者依存”の表れが見られると分析する。

 

「不倫をフックにしつつ、本質的なテーマは自己評価の低さ・承認欲求・母親の呪縛からの解放を描いています」(池内さん、以下同)

 

加えて劇中のあずさの愛読書である三島由紀夫の『愛の渇き』を伏線のひとつとし、登場人物全員が“満たされない愛のなかにいる”状態を象徴しているとも指摘する。

 

咲子の「私は愛されているのだろうか」という自己肯定感の低さや、「信じることに決めた」という愛し方、「妻はなんでも打ち明けてくれるもの」という樹生の支配的価値観は現代の30~40代に共通する“承認欲求の世代”“事なかれ主義”なども背景にあると池内さんは話す。

 

■フィルターが外され樹生は人格が崩壊!?

 

「咲子と充夫婦の『言いたくないことは言わなくていいが嘘はだめ』というルールも、“傷つきたくない世代”の象徴。私たち昭和・バブル世代であれば平気で『どこへ行っていたの? 何していたの?』とどんなに傷ついても、白黒はっきりさせたい。ドラマもそんな主人公が支持されたものです」

 

今後の展開として、咲子と充が元鞘に戻るのであれば“本音”でぶつかり“フィルターを外す”シーンは不可欠であろうと池内さんは推測する。

 

いっぽう、樹生は人格が崩壊していく可能性も。

 

「咲子との未来はなさそうです。とはいえ、シングルファザーとして家事・育児に奮闘はできず。翔くんを施設など他者に預けたりして、自分は新たな愛を求めて行くくらいの展開も考えられます」

 

ドラマでは洗濯機の“フィルター”と“好きな人フィルター”という言葉が繰り返し登場する。登場人物が日常でかけている“フィルター”を外したとき、別の人格や本音が浮かび上がる暗示では?という読みがSNSでも活発だ。

 

■物語のキーマンは充の母親!?

 

いっぽう、堀井さんが指摘するように、咲子が充を訪ねて長野に行った際、充の母親の顔があえて映されなかった点も注目されている。幼少期に母親から愛情を注がれてこなかった過去も明かされたが、この“充の母”の謎が、物語の核心にどうつながっていくのか。

 

筒井さんは最後に「優れたドラマって『この人、いったいどうなるの?』と次回を待ち遠しくさせるサスペンス要素が不可欠。さらにキャストと脚本、監督だけでなく関わるスタッフすべての絶妙な人材の“愛”が集まる奇跡が名作を作る」と解いてくれた。

 

まさに本作は実力派が顔をそろえるなか、人がふだん見せている顔とは違う本質をあらわにしていく過程は、視聴者自身の“フィルター”を外すきっかけにもなりそうだ。ドラマの最終回まで、ますます目が離せない。

 

【PROFILE】

筒井ともみ

映画『阿修羅のごとく』『失楽園』などの脚本家、作家、エッセイストとして活躍。10月に、半自伝的小説『マイ・ディア・ファミリー』(百年舎)を刊行。

 

画像ページ >【写真あり】充の妻で、自己肯定感が低い咲子を演じる蒼井優(他4枚)

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