――07年に取材をした頃は、まだ紅白出場が決まる前のことでした。およそ2年、だいぶ変わりましたよね。

「そうですね……自分は日々のことを少しずつ動いてきたように思っていますが、振り返ってみるといろんなことが変化していますね」

――紅白に出た。桁の違うような大会場でもライブを成功させた。馬場さんの曲に励まされてきたファンからしても、段階の違うところに馬場さんが行ってしまったんではないか。私は、『ああ、馬場さんは成功者になったんだ、手の届かないところに行ったんだ』と思った。

「……まず、自分の感覚としては、何かに成功したというのはまったくありません。新しい扉を開いて、高い場所に行くと、そこに人がまたいっぱいいるんです。
それを知ることのできるようになったことと、そこで自分がこれまでにやったことのないものができたりするということのすごさ。また高いハードルを越えようと思いますし、それを超えてもまた、次の場所に人がたくさんいる。

れの連続で、いつも心配で、『できるんだろうか』という思いの連続なんです。ですが、昔はできなかった全国ツアーができるようになったり、予想できなかっ
た会場でコンサートができているという現実、これをもう、大事にしたい。1度できて『よかった』ではなくて、何回も、年末にも、3年後にもできるようにい
たいという思いが強くなるんです。『頑張るしかない』という感じなんです。そういう意味では、当時と変わっていません。音楽活動に反映させていきたいとい
う気持ちも強いです。」

――新曲『ファイティングポーズの詩』の歌詞も意味深ですね。サビで『なんなんだ』を繰り返す馬場さんの叫びは、日常のさまざまなことに直面している人たちに、いろんな形でリンクするのではと。

「みんな忙しいですよね。僕もそうだし、とにかく忙しい。朝から晩まで。『なんでこんなことになったのかな?』と思いますが、ひとつひとつを考えると、ぜんぶ向き合わなければいけないことで、何だかわからないけれど、列車は走っている。停められないし、降りられない。頑張るしかない、やるしかない。そういう空気を、僕自身もそうですが、世の中に感じてしまうんです」

――特にここ1年は、世の中の景気もひどいですね。ホームレスの問題や、派遣切りなどという言葉も出てきた。
日本人――とくに馬場さんの音楽に何かを求めたい人たちは、本当に苦しい思いを抱えているんだと思います。

「程度の違いというのが人によってありますよね。他人は『大したことない』と思うことでも、自分はとても悩む、憂鬱になることはある。人それぞれ、毎日のなかに悩みがあると思うんです。『ファイティングポーズ』というのは、ボクシングのなかで、倒れても『まだできる』という意志をレフェリーに示すことで、とってもいいですよね。皆さんそれぞれのなかに、自分の試合というのがあって、それをずっと続けていかなければいけない。人それぞれのファイティングポーズの形は、仕草も違うだろうけれど、どれもみな素敵だと思うんです。
社会全体というと、僕らが子供のころ、60~70年代に感じていた、21世紀という未来が来る期待感、素晴らしいものが発明されて、幸せな未来のために老いも若きも向かっていくという機運があったと、振り返って思うんです。でも、いまはないじゃないですか。『2050年』といったら、希望どころか、『どうなってしまうんだろう……』という不安の方が多かったり。そういった漠然とした空気の違いが感じられるから、僕の楽曲作りにおいても、考えなければいけないことはありますね」

――ミュージシャンにはそれぞれの役割がある。聴くだけで明るくなる、考えさせられる……いろいろありますが、馬場さんの音楽の役割は、いまの段階でどんなことだと思われますか?

「青臭いことを歌っているんじゃないかなと思いますね。大声で言うと少し恥ずかしいというか、昔の学園ドラマでいうと、中村雅俊さんのような、そんな役割ですかね(笑)。
照れくさかったりするけれど、どれだけ寒くないように、ひかれないように、衣に包んで言えるかだと思います。『苦しいけれど、あきらめないで、夢を信じてやろう』と言いながら、どれだけこの時代に、いろいろな方に耳を傾けてもらえるか。
そういうことを技術や人格を磨いて歌っていくのが、僕の音楽の個性だと思っているんです」

 

――ニューアルバム『延長戦を続ける大人たちへ』に込めるメッセージも、非常に心に響くものですね。

「大人になって、『思い通りの人生を送ることは難しい』ということがわかってきたし、『勝つこと』ってなんだろうと考えるようになりました。悔しさを噛みしめながら、何かを守るために歩き続けなければいけないのが人間かもしれないと思うんです。僕もいろんなことを思い知らされ、理想と現実のギャップに苦しんできました。理想って、明日できることではないですよね。早くても2、3年はかかるだろうと思うと、遠い。でもやるしかない。自分で『足りない』と思うその気持ちを、日々忘れないで生かせるかどうかなんだと思うんです。3年後ならそこまで、忘れずにいなければいけないんです」

――馬場さんの思う理想まで、いま、山で言えばどこまで来ているんでしょうか?

「どうなんでしょうかね……ひとつ山を登ったと思ったら、雲の上にまだ、山のつづきがあったというような感じです。
夢って叶えるまでが大事だって言いますけれど、本当だなって思います。僕は野音でやりたくてやりたくて、ようやく昨年できました。でも、実現するまでの日
々に醍醐味があったんだなって思います。試行錯誤ひとつひとつが愛おしい記憶だし。いまのものがダメではないと思う。でも、お客さんにもチャレンジすると
ころを見せたいと思うんです。会場には幅広い年齢層の方が来てくださる。年配の方のご意見などを読むと、さすがに人生の先輩のお言葉ですから『なるほどな
あ』と思わされます。

 

そういったファンの方の思いひとつひとつが原動力になります。同世代には、いろんな言葉を送っていきたいという思いがある。いまこんなことを思っていますという。若い世代にはぜひ、背中を見てもらいたいというか、音楽をもちろん聴いてもらいたいけれど、仕事に励む、目標に向かって頑張る姿というのも、メッセージのひとつなんじゃないかと思うんです。」

――以前おっしゃっていた『武道館』という目標は、どこまで現実的になってきましたか?

「野音をやったときに思ったのですが、お祭り騒ぎでは意味がない。『記念』ではいけないんです。武道館でやるなら、『半年後もまたやります』って言えるくらいの、自他ともに認めるクラスにならないと、ダメだなと思います。
そういうレベルのアーティストになりたいと思っていますし、そこに行くまでは、ひとつひとつ地道な作業がこれからも待っていると、覚悟もしているんです」

――お答えづらい質問もあったと思いますが、非常にフランクに答えていただいて、ありがとうございました。

「こちらこそ、ありがとうございました。これからもよろしくおねがいします」

 

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ばば・としひで

67年3月20日、埼玉県生まれ。96年メジャーデビューするも、00年に契約終了。以後、インディーズ活動を経て05年にレコード会社と再契約。07年大晦日『第58回NHK紅白歌合戦』に『スタートライン~新しい風』で初出場。08年7月にワーナーミュージック・ジャパンに移籍。
アルバム『延長戦を続ける大人たちへ』●7月1日発売(ワーナーミュージック・ジャパン)¥3,150(税込み)

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