「10周年は、ひとつの通過点にすぎないと思っていたんです。でも、何ならそこにかこつけて、スペシャルで自分らしいことをやりたいなあ、と。劇場公演は、そのためにいちばんいい手段だと考えて。自然にたどり着いた感じですね」森山直太朗の最新アルバム『とある物語』が話題を呼んでいる。
収録された楽曲は、’12年にデビュー10周年を記念して上演された、同名の舞台の中で歌われたもの。音楽と演劇を融合したこの作品では、ベテラン俳優陣を先導し、主演を務めた。歌うことと演じること、森山にとって、どんな関係を持っているのか。
「じつは僕、音楽を始める前から〝舞台表現”というものに、あこがれと好奇心を持っていたんです。だから今、『演じる』ということ自体、フィジカルな喜びを感じる。僕のコンサートに、シアトリカル(演劇的)な要素があるのも、そのせいかもしれないですね」
近ごろは、歌っている人を演じているような感覚になることもあるという。「正直なところ、僕自身、何が素なのか、演じている状態とはどういうことなのか、いよいよわからなくなってきちゃった(笑)。でも、楽しいんです。舞台の上に立ち、何かを発信することは、自分にとって、かけがえのない行為になっています」
脚本・演出は、森山とともに楽曲の制作を手がける、御徒町凧が担当した。森山の学生時代からの友人でもある。「『とある物語』というタイトルも、『愛』『不思議』『永遠』『孤独』という4つのテーマも、御徒町から生まれたもの。ふだんから意識していることの延長線上にあるものを、そのまま出してきたな、と思いました。だから僕は、台本にいっさい関与していません。本からどうはみ出して演じようか、どうすればこの舞台を楽しめるか……。そんなことばかりを考えていました」
劇中歌の歌詞には、難解なフレーズも多いが……。「『♪永遠、それはフレデリック』って、唐突ですよね(笑)。僕も『何だろう?』って思いました。御徒町はいつまでたっても、得体の知れない存在です」物語は、少年役の森山が「愛って何?」「孤独とは?」と、共演者や観客に投げかけながら、答えを探してさ迷い歩く。演じながら彼自身、「気づき」があるともいう。「舞台の上で、もうひとりの自分と向かい合うように、自問自答し、いろいろ葛藤するんです。で、その結果、悟るんです。ふだんわかったつもりでいるけど、まだ何もわかってやしない、と。そして、まだ知らないことが、逆に僕自身の可能性をもっと広げられることになるって。舞台は、そうしたお金ではできない経験ができるんです」
舞台から誕生した楽曲は、先行発売されたシングル『日々』のほか、全11曲。「『日々』は、アルバムの世界観を象徴している曲だと思います。『否いやが応でも』というフレーズが登場しますが、ありふれた日常を歌った、というのとも違うんです。人は、否が応でも生きているし、生かされているし、何かを探している。僕自身、なぜ今の仕事をしているのか、その理由はわかりません。わからないのであれば、今日もまた生きてみよう、と。わからないことを知ろうとすることが、人間にとって原動力にもなると思うんです。みなさんにとっていちばん大切な力、それが“日々”なんです」
もりやま・なおたろう★
’76年4月23日生まれ、東京都出身。’02年、ミニ・アルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャーデビュー。’03
年に発売されたシングル『さくら(独唱)』が大ヒットし、同年のNHK紅白歌合戦に初出場。その後『生きとし生ける物へ』『風花』など数多くのヒット曲を
生む。’05年に音楽劇『森の人』を成功させ、’06年に御徒町凧作・演出の演劇舞台『なにげないもの』に役者として出演。’12年、6枚目のフル・アル
バム『素敵なサムシング』を発売。