《きみがカップ焼きそばを作ろうとしている事実について、僕は何も興味を持っていないし、何かを言う権利もない。エレベーターの階数表示を眺めるように、ただ見ているだけだ。
勝手に液体ソースとかやくを取り出せばいいし、容器にお湯をいれて五分待てばいい。その間、きみが何をしようと自由だ。少なくとも、何もしない時間がそこに存在している。好むと好まざるにかかわらず。
読みかけの本を開いてもいいし、買ったばかりのレコードを聞いてもいい。同居人の退屈な話に耳を傾けたっていい。それも悪くない選択だ。結局のところ、五分待てばいいのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、一つだけ確実に言えることがある。
完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。》
発売から2カ月で10万部を突破したベストセラー『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)。冒頭の一文は“村上春樹風”の「作り方」。同書には、さまざまな文豪たちの文体で、100本もの「カップ焼きそばの作り方」が収録されている。読むと思わず「クスッ」と笑ってしまうものばかり。
こんな罰当たり(?)な“文体模倣”本を書いたのは、ライター・神田桂一さん(38)と会社員・菊池良さん(29)。2人は村上春樹の大ファン。昨年、菊池さんがツイッターで投稿した“村上春樹風の焼きそばの作り方”が3万人にリツイートされたことがきっかけで、2人で分担して100人分のパロディを書き上げた。
神田さんが現代文学、菊池さんが近代文学の作家を主に担当したが、もちろんこれまで読んだことのない作家も。
「僕は、その作家が使う一人称と語尾、そして段落のリズムを意識します。あと、行替えをしない作家もいるので、そうした“文章の見た目”も重視します」(菊池さん)
「文章でよく出てくるフレーズを“パターン”として拾っていきます。町田康さんだったら、よくダジャレを入れてくるとか……」(神田さん)
じつは今回、神田さんと菊池さんが本誌のために特別版を書いてくれることに!それではご覧あれ。「もしビートたけしがカップ焼きそばの作り方を書いたら」ーー。
《(1)笑っちゃうよな、何が「カップ焼きそば」だっての。だいたいあれって「カップ」なのかよ。四角い箱に入ってるだけだよな。じゃあ、「ウサギ小屋」って言われた四角い狭い家に住んでいる人は「カップ人間」なのかよ。失礼しちゃうよな。安倍さんのアベノミクスで何とかしてほしいぜ。
(2)まー、オイラたち浅草芸人はこういうインスタント食品にだいぶお世話になったけどね。足を向けて寝られないっての。これ読んでいるあなたがどんな境遇かは知らないけどさ。ドバイの石油王かもしれないしな。
(3)ほんと、熱湯を入れて三分待つだけで完成するって、どうかしているぜ。料理番組の「〜したものがこちらになります」じゃねェんだからさ。昔の人が見たら魔法にしか見えねェぜ。オイラもそういう手品師になって発展途上国を巡ってみようかな。食糧問題の解決にもなって、一石二鳥だぜ。ま、今どき騙されねェだろうけどな。少数民族のほうがよっぽどテクノロジーを駆使しているっての。
(4)まァ、せいぜい湯切りに気をつけて作れよな。失敗したら最悪だっての。》
出来栄えの自信のほどは?
「前から、たけしさんの書いた本が好きなのでわりと書きやすかったです」(菊池さん)
“たけし文体”の特徴はやはり語尾だそうで、政治家の名前をストレートに出す、自分の生い立ちと絡めて話すなどの特徴があるそうだ。