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「監督から’12年の夏にオファーをいただいたとき、それほど深く考えないでOKしたんです。監督の能力と人柄がよかったから。それに、ちょうど’12年の夏は、前年の福島原発事故を受けて、原発再稼働反対のデモが各地で続いていた。めずらしく日本でも社会が変わるような雰囲気があったので、その激動を、僕を通して記録しておくのは意味があるかもしれないと思ったんです」

 

そう話すのは、世界的音楽家の坂本龍一さん(65)。’14年に中咽頭がんを患ったが復帰し、現在もニューヨークを拠点に活躍している。そんな坂本さんの半生を追ったドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto:CODA』(以下・『CODA』)が、11月4日から公開され、話題を呼んでいる。

 

『CODA』は、’12年から5年間にわたって坂本さんに密着。がんの発病後、食事療法に取り組む様子など、坂本さんの自宅や仕事場でのプライベートな姿が収められている。さらにイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のライブ映像、映画『戦場のメリークリスマス』『ラストエンペラー』など、世界に活躍の場を広げていくまでの貴重なアーカイブ映像もふんだんに使用されている。

 

「僕は、以前から環境問題に強い関心があったから、ほかの人より自然のことはわかっているという自負が多少あったんです。でも、3.11の巨大な地震と津波が起こったことで、自然の力がこれほど大きいことを知らなかった、と強いショックを受けました。人間の文明は自然の力の前に、こんなにもろくも崩れ去るんだと」

 

3.11とがんを経験した坂本さんは、改めて人間が持つ本来の性質、“本性”(ほんせい)を見つめ直し始めた。

 

「人間はやっぱり、自分ひとりでは太刀打ちできないような巨大な問題を前にしたとき、そこから目を背けて、自分がこうであってほしい、ということに耳を傾けてしまうんです。だから、原発事故後の福島の場合でいうと『放射能は怖くない』とか、『笑っている人には放射能の害はないよね』なんていう、見え透いたウソにも、恐怖心が強ければ強いほど耳を傾けてしまう。これは“人間の本性”なんじゃないかと強く思うようになってきました。そういう本性に対して、『あなたは現実を見ていない』などと僕は軽々しく非難できません」

 

最近、日本で高まっているナショナリズムについては、人間の本性に、より注意しなければならないという。

 

「’12年の春に、石原元都知事が尖閣諸島を購入すると言いだして、急速に日本人のナショナリズムに火がついた。あれから、国民の関心が、脱原発から国境問題に移っていったと思うんです。その年の12月に第2次安倍政権が誕生すると、さらに加速して、現在に至っています」

 

ナショナリズムが高まっていくと、戦争に突き進んでしまう恐れもある。

 

「このままいくと、憲法改正です。その後は、徴兵制になって、戦争に突っこんでいってーー。あなたたちのお子さんが、兵隊に取られて死ぬんですよ、と。それがわからない人は、そんなに多くないはずなのに、あまりにも巨大な歯車が回っていて、ひとりでは止められないとなると、その問題から目を背けてしまう。こういう弱さも、ある意味、人間の本性なんじゃないかと思うんです。でも、本性だからどうしようもないとあきらめてしまったら、政治の暴走を認めてしまうことになるんですよ」

 

回り始めた巨大な歯車をどう止めたらいいのか。ナショナリズムの危険性については、他者を認めることが大事だという。

 

「僕だって、自分が生まれ育った国を愛していますよ。ある意味、いま日本をズタズタにしている人たちよりも、僕ははるかに“愛国主義者”だと思う。でも、“ナショナリスト”ではありません。日本は素晴らしいけど、他国はダメなんて思わない。お互いの違いをリスペクトしあって、生きていきたいです」

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