「映画を観てくれた子たちが、『今まででいちばん泣きました』『一歩踏み出せました』『もう一回観に行きます』と感想をダイレクトに言ってくれて、僕の思いが心に届いたんだと思えてうれしかったです」
そう語るのは、現在上映中の、映画『WALKING MAN』で初監督デビューを果たした、日本を代表するカリスマラッパーのANARCHYだ。同作は、主人公のアトムが、貧しい環境のどん底からラッパーを目指す“音楽&青春”映画で、若手人気俳優の野村周平が熱演している。
「もともと僕は映画好きで、ジム・キャリーの『マン・オブ・ザ・ムーン』(99年公開/若くしてガンで亡くなった実在のコメディアンのアンディ・カウフマンの伝記映画)に影響を受けました。そして25歳のときから、10年後に映画を撮るというのが夢でした。そして今なら撮れるかなと漫画家の高橋ツトムさんに相談して、脚本家の梶原阿貴さんも加わり台本をつくりはじめたんです」
物語は…川崎の工業地帯。幼いころから、人前で話すことが苦手な気弱なアトム(野村周平)は極貧の母子家庭。母と妹のウラン(優希美青)の3人暮らし。不用品回収のバイトで生計をたてているが、突然母が交通事故に遭い重病に。困窮するアトムに、ソーシャルワーカーたちから「自己責任」と冷淡な声が響く。毎日のように心ない言葉を投げかけられるアトムは、偶然、ラップと出会い、バカにされながらも夢へと向かい始める。
ANARCHY監督も、京都の向島団地出身。父子家庭で育ち、荒れた少年時代を経て、逆境に打ち勝つ精神を養い、ラッパーとしての地位を確立してきた。今回、野村周平演じる、主人公のアトムが、監督の青春時代とダブルところもある設定。「キャラクターは全然違う」というが、自身の青春時代が投影されている。
「『ラップは代弁者。怒り、喜び、悲しみ、人の気持ちをすべて伝え心に届けたい』と、常に思っています。ラップや映画と方法は違っても自分がつくる内容や訴えたいことは同じ。映画の主人公のアトムのように母子家庭とか、自分にコンプレックスがあるとか、恵まれていない環境を、逆境にして人生は創っていくものだ……そんな僕の経験やラップで表現してきた僕の曲を、脚本家の梶原さんが聞いてストーリーにしてくれました。ラップ好きの人だけじゃなく、いろんな人にとって、何かの一歩踏みすきっかけや勇気になればいいなと願いをこめて制作しました」
主演の野村周平とは、もともとプライベートで交流があったという。キャスティングが難航していると知り、「僕がやりましょうか」と、自ら名乗り出てくれたという。
「何年か前に出会ってから飲み仲間です。あっでも映画の脚本を持っていくときは、ちょっとご飯に行って話をして…結局はその後、飲みに行きましたが(笑)。実は第一印象は、『めっちゃ生意気な子や~』と思ったんです。周平君も、僕のこと『怖い』と思ったそうです。僕が『また、飲もうぜ』というと。『おう~』って。お前、調子に乗ってるな~って思ったのは事実(笑)。でも僕、そういうこが大好きなんです。それにすごくカッコよかった。だから友達になれると思いました。周平君は、僕のこと『怖いと思った』って言うけど、ウソ。ぜんぜんビビってなかったですよ(笑)。でも、本音でぶつかってくる彼だからこそ、この映画ができたのかなと思います。僕が初監督の映画を受けること、主演を自ら「僕やります」という言葉、映画でラップすることもそうだし、男気というか度胸も男気もあるんです。自分で、『やる』と決めてから事務所にも話をしてくれて。僕のほうが大丈夫かな? と思っていたら、彼は『大丈夫です。僕がやるといったらやります』と決意してくれて。彼が主演を受けてくれたからことで制作も動き出せた映画でもあるので、感謝です」
そして撮影は18年11月におこなわれた。これまでの友人関係では見せない俳優として、アトムという役を体の中に入れて、野村周平は現場に表れたという。
「撮影以外で喋っているときは普段通りなんですけど、演技になるとアトムになる姿を目にして、『やっぱりスゲー』と驚きました。初めての監督として、最初は吃音で喋らないアトムが、一歩一歩成長していく過程の描き方がいちばん大事だと思っていましたが、撮影は、台本の順番通りではなく、先に進んだり戻ったりしながら撮っていきます。アトムの変化や成長段階は、僕もわかっているつもりでしたが、彼の方がより深く理解して体現してくれました」
それは、キャップのかぶりかた一つとってもアトムの変化を表現したという。
「劇中で、拾ったキャップをアトムが被りますが『キャプをかぶったことのない子が、最初からカッコいいかぶり方はできないはず。頭にのせているぐらいのダサさのほうがよくないですか?』とか。歩き方の変化とか。ほんのちょっとしたことも提案してくれました。いい役者さんは沢山いても、今回、人前で話せない気弱な子が、ラストではステージでラップをしていく。そこまでの軌跡や成長を演じられる人って、それほどいないんじゃないかと思って。周平君に決まったときにはっきりと映画が僕自身に見えた気がします。ラッパーがラップの映画を作り、ラップで感動させられなかったら失敗だと、その部分がいちばん怖かった。でも周平君に決まって、内心『よっしゃ~』という想いでした」
(C)2019 映画『WALKING MAN』製作委員会
貧困の中でひたむきに生きながら、コンプレックスをばねに心の澱をラップにつくりあげていく。野村が演じた主人公のアトムは、誰の心にもいるのではないかとANARCHY監督。
「アトムは喋れないし、裕福じゃない家ですが、彼と同じような気持の人は多いと思う。青春時代って気持ちがモヤモヤしているじゃないですか。自分がやりたいことが見つからなかったり、見つけても何をやっていいかもわからない…きっと僕の青春時代よりもアトムは“悲しい”し孤独だと思うんです。僕は友達がいたし、環境は悪かったにしても、つながりがあった。そして、このアトムよりも環境が悪い子もいるだろう。でも逆境をプラスにする人もいるじゃないですか。それは気持ちの持ちよう次第で、皆な一緒だと思うんです。僕もラップで、人生をプラスにできました。そうじゃなければ、僕はラッパーにもなっていないし、映画もつくれていません。僕が映画をつくったこと、それが、いちばんのメッセージかもしれないなと思っているんです。人生でもマイナスが多ければ多いほど、多くのことを経験したり人の気持ちが理解できます。自分の逆境やコンプレックスをちゃんと“武器”にできたら、なんでもできると思うんです。それを周平君が演じるアトムから感じてもらえたらうれしいです」
【ANARCHY】
京都・向島団地出身。父子家庭で育ち、荒れた少年時代を経て、ラッパーとして活動することを決意。05年のデビュー以降、異例のスピードで台頭し、14年にはメジャー・デビューを果たす。今作『WALKING MAN』で映画監督としてもデビュー。
日本を代表するカリスマラッパーANARCHY初監督
主演 野村周平
映画『WALKING MAN』
(C)2019 映画『WALKING MAN』製作委員会
新宿バルト9ほか全国公開中
https://walkingman-movie.com/