■久しぶりに息子の手を握って気づいた
最愛の人を失った悲しみは、そう簡単に癒えるものではない。それでも“少しずつの立ち直り”を支えたのは、和田家の面々だ。
「息子たちが毎日ご飯に誘ってくれてさ。孫たちも家に来たり、泊まりに来いって言われたり。私をずっと一人にさせなかった」
なかでも、レミさんが前を向けたきっかけは、長男の唱さん(45)の妻である上野樹里(35)が与えてくれたという。
「唱の家に行ったときに、樹里ちゃんに『和田さんの思い出ってつかめないじゃないの。だからさみしいのよね』って言ったの。そしたら樹里ちゃんが『唱さんとレミさん、手を出して。唱さん、レミさんの手を握って』って」
レミさんが最後に唱さんの手を握ったのは、まだ唱さんの手が“もみじみたいに小さかった”ころ。それが今は、大人のガッチリした手になっていた。
「それで唱が、私の手をグッと握ってくれたときに『和田さんが半分入ってる』と思ったの。そのときに、胸のつかえがストーンと取れた」
今の生きがいは、和田さんにおいしいものを食べさせてあげたいと試行錯誤するなかで気づいた、料理を作ることの喜びだ。
「私が電車に乗っていたら知らないおばさんに『レミさんですか? レミさんのレシピで作ったら、うちの主人がおいしいって言うんですよ』って声をかけられて。名前も知らない人とベロでつながってるのがすごくうれしかった。ベロの絆“ベロシップ”ってやつね」
今後も、簡単でおいしい料理をたくさん作ってベロシップの輪を広げたい、とレミさんは語る。
「ベロシップの原点は和田さんなのよ。今、私がこうしていられるのも和田さんのおかげだなあ」
レミさんが和田さんを必要とするように、世間も和田さんを必要としている。10月9日からは東京オペラシティアートギャラリーで「和田誠展」が開催されている。さらに、10月15日には、和田さんが訳詞をした日本版「マザー・グース」である『オフ・オフ・マザー・グース』のCDが発売予定だ。
おしどり夫婦の多彩な活躍は、今後も私たちに、驚きや楽しみを与え続けるだろう。
(取材・文:インタビューマン山下)