「金と自由は欲しいけど、何もしたくない──」を貫いてきたタレントで漫画家の蛭子能収さん(74)。2020年夏に認知症を公表した後も、その“人生哲学”はまったく変わらない。絵を描くよりもテレビの仕事のほうが楽だしギャラもいいと言い続ける蛭子さんに突如湧いた「絵画展プロジェクト」。果たしてプロジェクトは成功するのだろうか……。(第2回/全10回)
蛭子さんが連載している『サンデー毎日』のエッセイ「ニンゲン画報」にはイラストが毎回添えられている。ただ、その筆力は、全盛期の蛭子さんの絵とはほど遠い。サブカルチャー業界を震撼させた、あの独特のタッチにも精彩がない。それ以上に「絵を描くのは面倒くさい」という蛭子さんの思いがひしひしと伝わってくる。
今の蛭子さんに、絵画展を開催するまでの絵を描かせるなんて不可能だ。「じっくり絵に向き合ってもらうのは難しいですよ」と、担当編集の吉田に話しても聞く耳を持たない。
「とっておきの秘策があるんですよ。最強の助っ人を呼んだんです。このプロジェクトに欠くべからざる最重要人物を」と吉田はにやりと笑った。
──2021年11月某日、蛭子さんの人生相談の取材。その取材場所に、相談相手として現れたのは漫画家の根本敬さんだ。
蛭子さんの40年来の盟友である根本さんに「友達が絵を描いてくれません」という相談をぶつけてもらい、そのまま蛭子さんに作品を描かせようというのが吉田の思惑だ。
伝説のサブカル漫画誌『ガロ』を牽引した根本さんは、過激な作風の“特殊漫画家”としてカリスマ的な人気を誇る作家。さらに『蛭子博士』『蛭子ウォッチャー』という顔も持ち、<葬式で笑ってしまう>などの“蛭子さん伝説”を世に広めた張本人だ。2008年には漫画共作ユニット「蛭子劇画プロダクション」を結成してともに活動するなど、蛭子さんのすべてを知り尽くしている根本さんが協力してくれるなら、絵画プロジェクトも夢ではない!
そんな根本さんと蛭子さんの再会──。
ところが、根本さんをひと目見て蛭子さんが発した言葉は、
「あ~どうも、初めまして」
「え?」と表情を引きつらせる根本さん。蛭子さんは、根本さんの存在をすっかり忘れているのか……? 蛭子さんの絵画展プロジェクトは、ガラガラと音を立てて崩れた……。(続く)