■「ただ動物をかわいがるのではなく、動物の幸せを最優先に考える」
「子どものころから『弱きを助け、強きをくじく』性分なのですが、そんな私が吐き気を覚えるのが、動物と子どもへの虐待です。いずれも社会的に最も弱い立場の命を脅かすものであり、被害者には1ミリの非もありません。
ただ、すべてに自分が関わることは無理なので、動物を守る活動だけは徹底してやっていこうと決めたんです。私自身が幼いころから動物との関わりが深く、エゴも欲得もない動物の純真さに救われることや、人間より短いその一生から学ぶことが、数多くあったからでしょう」
彼女と動物との暮らしは、小学生のころに知り合いからシャム猫を譲り受けたことが始まりだ。その猫ときょうだいのように暮らし、以来、捨てられている猫を見つけては家族として迎え入れた。二十歳で上京すると、街角に保護するべき猫が見当たらず、やむなくペットショップへ。そこで生体展示販売を目の当たりにし、違和感を覚えながらも、まだ生体展示販売の問題を知らなかったことから、「いちばんからだの弱そうだった」猫を一匹、また一匹と迎えたという。10年後、そのうちの一匹を人生で初めて見送ったことの後悔と学びが、活動に至る原点の一つだ。
「エルザという女の子でした。ある日元気がなかったので、町の動物病院に連れていって、入院させたんです。当時の私は無知で、すぐに元気になると思っていたら数日後に容体が急変。実は心臓病だったとわかり、慌てて大学病院に連れていったのですが、その日のうちに亡くなってしまったんです。
病気に気づけなかったこと、獣医師の選び方の甘さ。自分の未熟さのせいでエルザの死を早めてしまったと泣き暮らし、一時は立ち直れないほどでした。あのときの教訓が、ただ動物をかわいがるのではなく、動物の幸せを最優先に考える『動物福祉』の考えにつながっていると思います」
さらにその数年前、彼女は東京で初めての保護猫「チロ」と出合う。しかし、当時は所属事務所から独立したばかりで、先住猫もいた。自身が飼うことは断念し、泣きながら里親に託したことも大きかったという。