自宅がハクビシンの被害に遭い、一時はホームレス状態になったというカイヤさん 画像を見る

「何が何でもパリコレに出るんだよと思った」

 

そう力強く語るのは、モデル・俳優・タレントでモデルのカイヤさんだ。

 

外国人タレントとして人気を集めたカイヤさん。2016年に始まった元夫との離婚訴訟は2023年にようやく終わり、離婚が成立したが、その後の人生も苦難の連続だったという。

 

「離婚訴訟がようやく終わってホッとしたけれど、8年間は長かった」

 

そう振り返るカイヤさんは、訴訟の影響で芸能界の仕事が激減し、家計が火の車になった苦労を明かす。多感な時期の2人の子どもたちに精神的苦痛を負わせたことが何より辛かったという。

 

そんな折、東京の自宅がハクビシンに荒らされるというアクシデントが発生する。

 

大量のブランド品や家具が糞尿被害に遭い、トラック6台分もの家財を泣く泣く処分した。自宅からの退去を余儀なくされ、ホームレス状態となって子どもや友人の家を転々とする時期もあったという。

 

さらに、追い打ちをかけるように2度の交通事故に見舞われる。

 

2022年11月に正面から車に衝突されて首を捻挫し、2024年3月には高速道路で停止中に後方から追突された。全身打撲で歩けなくなり、顔は腫れ上がり目の周りには黒いあざが残った。

 

この時、すでに同年の秋のパリコレ出演が決まっていたが、医師からは絶望的な言葉を突きつけられる。

 

「『モデル業への復帰は無理』『あなたの体はこれからどんどん背中が曲がって歩けなくなる』と言われました」

 

リハビリ用に提案されたかかとの低い靴に対しても、「こんなの履くくらいなら死んだほうがマシ」と却下し、マイナスからの再出発を決意した。

 

「絶対にパリコレに出ます」

 

そう宣言し、単独で過酷なリハビリに挑んだ。最初は這いながらトイレに行く状態だったという。

 

「動くたびに体中が痛かったけれど、パリコレに出ているところを繰り返しイメージして、『自分は必ず出るんだ』と言い聞かせたんです」

 

驚異的な回復を見せた背景には、自身のルーツが関係しているようだ。

 

「私はドイツ人のお父さんの血を引いているから、ものすごく骨が強いんです。負けないよ(笑)」

 

あれだけの事故にもかかわらず骨折は一つもなく、主治医を驚かせた。事故から約6週間後には一人で立ち上がれるようになり、半年後には本当にパリコレのランウェイを歩くことになる。

 

「じつはハイヒールでランウェイを歩いているときも、とても痛かった。でも、痛み止めの薬を使わずにやり通した」

 

この執念の復帰劇が評価され、次のシーズンからはパリだけでなく、ニューヨーク、ミラノ、ロンドンのコレクションからもそれぞれ毎年2回、声がかかるようになった。2025年2月には、ニューヨーク・タイムズスクエアのビルボードに有名ブランドのモデルとして広告が掲示された。以後毎年2回ずつ掲示されている。他にも多くの国でコレクションなどモデルとしての依頼が来ている。見事な復活劇だ。

 

【後編】「私、実はビビりなんだから」カイヤさんが今明かす“鬼嫁キャラ”の真相…大事故からパリコレ復帰したストイックな現在へ続く

 

画像ページ >【写真あり】ニューヨーク・タイムズスクエアに広告が掲示されたカイヤさん(他2枚)

出典元:

WEB女性自身

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