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3日、ダッカの飲食店襲撃テロ現場近くに手向けられた花束(共同)

バングラデシュの首都ダッカの飲食店襲撃テロで、県内居住者を含む日本人7人が犠牲になったとの悲報から一夜明けた3日、親族や知人は悲嘆に暮れ、犯行声明を出した過激派組織「イスラム国」(IS)にやり場のない怒りをぶつけた。「なぜ命を奪われなければならないのか」。犠牲になった7人は、途上国発展のために情熱を注ぎ現地で汗を流していたが、その志は凶行によって断ち切られた。

■傘寿、新たな目標意欲も
「今度はバングラデシュに行く」。テロ事件で命を落とした横浜市鶴見区の田中宏さん(80)は5月、傘寿のお祝いで集まったきょうだいにそう報告し、新たな目標に意欲をみなぎらせていた。しかし、それが皆で顔を合わせる最後の場となってしまった。

悲報を受けて自宅に駆け付けた弟の隆さん(72)によると、宏さんは7人きょうだいの長兄。旧国鉄の鉄道技術研究所で培った経験を生かし、鉄道や都市開発関連のコンサルタントとして技術やノウハウを海外に広めていた。

昨年3月には、県立青少年センター(同市西区)で「日本の鉄道技術の海外展開」と題して市民向けに講演していた。今回は国際協力機構(JICA)の事業で、ダッカの交通渋滞問題調査のために6月から渡航していたという。

「穏やかな性格で、兄としても人間としても尊敬できた」と慕っていた隆さんは沈痛な表情を浮かべ、「バングラデシュのためにと思って一生懸命取り組んでいたのに、こんな事件に巻き込まれてしまうなんて…。無念というほかない」と言葉を絞り出した。

近所の主婦(83)は3日朝、仲が良かった宏さんの妻からテロ事件に巻き込まれたことを知らされた。「ぼうぜんとしていて、掛ける言葉が見つからなかった。充実した日々を送っていると思っていたのに」と肩を落とした。別の主婦(70)も「鉄道のことだけじゃなく、草花の知識も豊富だった。よく近くの公園に散歩に出掛けていて、見ごろの花について聞くと、いつも優しく教えてくれた。本当に残念」と無念さをあらわにした。

宏さん宅には3日、元同僚らが弔問に訪れた。国鉄の同期で50年来の友人という東京都の中島啓雄さん(78)は仲間4人で訪れ「仕事を誠実にやる人だった」。鉄道技術研究所で同僚だった千葉市の田中真一さん(82)は「まさかという感じ。経験豊富な彼なら、良いアドバイスができたろうに」と声を落とした。

■慕われた「リーダー」
横浜市港南区の小笠原公洋さん(56)は、JICAの数多くの事業に環境影響評価の専門家として参加していた。勤務先の建設コンサルティング会社幹部らは「リーダーが務まる人材だった」「経験豊富で、慕われる人物」などと惜しんだ。

会社関係者によると、ベトナムやフィリピンなどアジアを中心にプロジェクトに参加。人望が厚く、「後輩の面倒をよく見るので彼の下に付いて勉強したがる若者が多かった」。

JICAの公開資料によると、小笠原さんは2013年4月にJICA本部で開かれたフィリピンの幹線道路事業を巡る会議に参加。工事による大気汚染の影響や、工事区間付近にある川の生態などを細やかに説明していた。

複数の鉄道事業にも関わり、事業の方向性を決めるに当たって重要な現地の情報を多数もたらしていた。

過去に勤務していた会社の関係者によると、国立大の大学院で学び、化学の分野にも精通していた。「とても穏やかな方。英語も話せて優秀と評判だった」と振り返った。

悲しみは小笠原さんの自宅周辺にも広がった。

「海外での仕事が長く留守にすることが多かったが、穏やかでまじめそうな人だった」と近所の主婦(65)。「テロの現場に偶然いたなんて気の毒としか言いようがない。現地の人たちのために行っているのに、なぜこんな目に遭わなければいけないのか。テロは絶対に許せないし、本人も無念だったと思う」と憤っていた。男性会社員(40)は「まさか身近な人が巻き込まれるなんて…」と大きなショックを受けていた。

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