(写真 神奈川新聞)
俊足の赤い電車は、さっそうと走り去る。今月限りで退役する京浜急行電鉄の2000形は、同線で初めて時速120キロ運転を成し遂げた車両だ。前例のないダイヤを作成し、走行試験を繰り返して「速い京急」を実現した社員の一人は、自身の鉄道人生に重ねて花形車両をねぎらう。
「“同い年”なんです」と相好を崩すのは、同社安全推進部の課長(59)。同形がデビューする半年ほど前の1982年7月、運転士に登用された。養成課程では「今度の新車は中速域から高速域への加速がいいぞ」と教わったという。並走する国鉄をぐんぐん追い抜く-。そんな光景を思い描いた。
実際に運転してみると、その滑らかな走りに感心した。加速が良いためにハンドル操作の回数を減らすことができ、ガクンという衝撃が和らいだ。「乗り心地を向上したことが運転のプロとしての喜びでした」
90年に本社に異動してからは、時速105キロだった快速特急の最高速度を120キロに引き上げるプロジェクトに携わった。車両のブレーキ強化や信号機、線路の改良などに約5年。終電後、実際に120キロで走る試験運転には「緊張した」。そうやって2000形のひのき舞台を整えた。
「私も来年3月には定年なんです」と話す課長にとって、堂々とした走りを見せた“同期”の記憶は色あせない。「好きでしたね。スーッと伸びるように加速するんですよ」
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