第16回 日本仏教の方向性を定めた聖徳太子

投稿日: 2014年10月21日 00:00 JST

お経を聴くのは葬式の時くらい。それも意味が分からないし、お坊さん独特のリズムで読まれるので、聴いているうちにだんだんと眠くなる……。そんな人は多いだろう。
それじゃ、あまりにもったいなさすぎる!
仏教のエッセンスが詰まったお経は、意味が分かってこそ、ありがたい。世界観が十二分に味わえる。この連載は、そんな豊かなお経の世界に、あなたをいざなうものである。
これを読めば、お葬式も退屈じゃなくなる!?

著者:島田 裕巳(シマダ ヒロミ)
1953年東京都生まれ。宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在は東京女子大学非常勤講師。著書は、『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『葬式は、要らない』(以上、幻冬舎新書)、『0葬』(集英社)、『比叡山延暦寺はなぜ6大宗派の開祖を生んだのか』『神道はなぜ教えがないのか』(以上、ベスト新書)、など多数。

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◎葉山蓮子のモデルが「白蓮」を名乗った理由

『法華経』の、サンスクリット語での原典名は『サッグルマ・ブンダリーカ・スートラ』と言う。これを訳せば「なによりも正しい白蓮のような教え」という意味になる。

現在、NHKの朝のドラマとして放送され、人気を集めている『花子とアン』に登場する葉山(嘉納)蓮子のモデルは、伯爵家の令嬢で「大正3美人」とも言われた柳原燁子だが、彼女は歌人として「白蓮」を名乗った。それは、彼女が日蓮を信仰していたからだとされるが、むしろそれは『法華経』に由来すると考えるべきではなないだろうか。

『法華経』のサンスクリット語からの漢訳は3世紀から行われるようになる。6人の人間によって別個に訳されたが、現存するのは3種類である。そのなかでもっともポピュラーなのが鳩摩羅什訳による『妙法蓮華経』(406年)である。

鳩摩羅什の訳文は、美しく、釈迦がいかなる手段(方便)を使ってでも人々を救済するという思想を簡潔で力強く表現しているとされてきた。岩波文庫版の『法華経』には、サンスクリット語からの翻訳とともに、この鳩摩羅什による漢訳も掲載されている。

image◎法華経を重視した聖徳太子

『法華経』は、『般若経』『維摩経』『華厳経』などとともに、初期大乗仏教の主要な経典の一つに数えられていて、紀元前後に西北インドで成立したとされる。日本に伝来したのは、6世紀半ばに仏教がはじめて朝鮮半島から伝えられた頃と言われるので、かなり早い段階から伝わっていたことになる。

『法華経』を重視した聖徳太子は、『法華義疏』という解説書を著している。『法華義疏』については、聖徳太子自筆とされるものが、明治時代に法隆寺から皇室に献上され、現在では「御物」のなかに含まれている。本当にこの『法華義疏』を聖徳太子が書いたなら、太子は仏教について並外れた理解力を示したことになるが、自筆である可能性は相当に低い。

現在では、高校の日本史の教科書に、聖徳太子が実在したことに対してそれを疑問視するような記述も登場するようになり、これまで聖徳太子に帰せられてきたさまざまな業績について疑いの目が向けられるようになってきた。

そこには、聖徳太子が亡くなった後に、徐々に生み出されていく「聖徳太子信仰(太子信仰)」の影響が考えられるが、そのなかで、聖徳太子は日本仏教の開祖のような役割を与えられていった。何でも聖徳太子にはじまるというとらえ方がなされるようになり、それでその神格化が進んだのである。

 

◎「法華経」は出家と在家を区別しない

ただ、聖徳太子が講義し、注釈を施したとされたお経のラインナップは興味深いものだった。『法華義疏』についてふれたが、「三経義疏」と一括された他の二つは、『勝鬘経義疏』と『維摩経義疏』であった。

『勝鬘経』は、波斯匿王の娘である勝鬘夫人が主人公で、『維摩経』も、資産家の維摩居士が主役になっている。維摩居士は、仏法に深く通じていて、釈迦の弟子で知恵第一と言われた文殊菩薩を言い負かしてしまう。

この二つのお経が、出家ではなく、在家を主人公としていることは重要である。日本の仏教は、しだいに「在家仏教」の傾向を強め、僧侶が妻帯したり、在家信者が活発に活動を展開するようになるが、聖徳太子の選択はそれを予言するかのようなものになっている。

しかも、『法華経』は、すべてが成仏できる可能性を説くもので、出家と在家とを区別しない立場をとっている。聖徳太子が、とくにこの三つのお経について講義し、注釈を施したという伝承は、日本仏教の在家主義を宣言したものと見ることもできるのだ。

もちろん、『勝鬘経義疏』と『維摩経義疏』は、『法華義疏』と同様に、聖徳太子が著したものではない可能性が高い。けれども、在家である太子がこうした注釈を行ったという伝承が、真実だと信じられ、その後の日本仏教の方向性を定めることにつながった。その点で聖徳太子は、日本仏教の開祖的な存在だったのである。

 

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