第36回 念仏さえ唱えれば、殺人者も救われるのか?~他力本願について~

投稿日: 2015年04月28日 00:00 JST

お経を聴くのは葬式の時くらい。それも意味が分からないし、お坊さん独特のリズムで読まれるので、聴いているうちにだんだんと眠くなる……。そんな人は多いだろう。 
それじゃ、あまりにもったいなさすぎる!
仏教のエッセンスが詰まったお経は、意味が分かってこそ、ありがたい。世界観が十二分に味わえる。この連載は、そんな豊かなお経の世界に、あなたをいざなうものである。
これを読めば、お葬式も退屈じゃなくなる!?

著者:島田 裕巳(シマダ ヒロミ)
1953年東京都生まれ。宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在は東京女子大学非常勤講師。著書は、『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『葬式は、要らない』(以上、幻冬舎新書)、『0葬』(集英社)、『比叡山延暦寺はなぜ6大宗派の開祖を生んだのか』『神道はなぜ教えがないのか』(以上、ベスト新書)、など多数。

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他力本願ということばを辞書で引いてみると、二つの意味が出てくる。

一つは、阿弥陀仏の本願に頼って衆生の側が成仏を願うこととされる。もう一つは、そこから転じて、もっぱら他人の力をあてにすることが他力本願であるとされる。

 

世間では、後者の意味で使われることが多い。だが、浄土真宗の教義からすれば、それはとんでもないことである。

そこで、広く一般に読まれるような出版物や著名人の発言のなかで、後者の意味で他力本願が使われていると、本願寺が抗議するといったことが、これまでもくり返されてきた。

 

本願寺の側としては、他力本願は、宗派の教えの根幹をなす部分で、それが間違った理解をされることを放置しておくわけにはいかないのである。

 

なお、この第十八願では、終わりのところに、「ただ、五逆(の罪を犯すもの)と正法を誹謗するものを除かん」ということばが入っている。

 

ここで言う五逆とは、父母や僧侶を殺したりする大罪のことで、それとともに、正しい仏法を誹謗中傷した人間のことが、衆生のなかからは省かれている。

 

これは、他の四十七の願にはないことである。また、サンスクリット語の原本にも出てこない。つまり、漢訳において、はじめて登場した除外事項なのである。

 

ここには、かなり重要な問題がかかわってくる。

 

というのも、念仏さえ唱えれば、誰もが救われるという教えは、かなり危険なものをはらんでいるからだ。

 

誰もが救われるというのなら、そのなかには、人を殺しといった重罪を犯した人間も含まれるはずだ。ならば、いかなる悪をなそうと、念仏さえ唱えれば、それで救われることになるのだろうか。

当然、そうした疑問が生まれてくる。

この問いに答えることは、相当に難しい。

 

image罪人を排除してしまうならば、すべての衆生が救われるという教えに反してしまう。

ところが、罪人まで救われるとしてしまうと、今度は、最期には阿弥陀仏が救ってくれるのだから、生きているあいだにはどういったことをしても許されるという考え方が生まれる。

それを極限まで推し進めたのが、親鸞のことばを集めた『歎異抄』のなかに出てくる有名なことば、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」である。

 

普通なら、善人の方が往生はたやすいと考えられている。ところが、親鸞はそれをひっくり返し、悪人の方が救われるのは当たり前で、だからこそ善人も救われるのだと述べているのだ。

これは、「悪人正機説」と呼ばれるが、そこからは、いかなる悪も成仏を妨げることはないという「造悪無碍」の考え方が生まれた。

さらには、むしろ悪をなした方が成仏する可能性が高くなるという「造悪論」まで説かれるようになっていく。

『無量寿経』の漢訳では、そうした危険な議論が出てくることを予め防ぐために、五逆と謗法の徒は含まれないとする除外規定が付け加えられているわけだ。

 

これは、何も『無量寿経』にだけ限られる話ではない。『法華経』でも、誰もが救われる、誰もが成仏できるということを力強く宣言していた。

誰もがということは、そこに限定がないということで、当然、悪をなした人間、悪人も含まれる。阿闍世などは、父親を殺し、さらには母親をも殺そうとしたのだから、まさに五逆の罪を犯している。

果たしてそれでも阿闍世は救われるのか。これは、大乗仏教における大問題なのである。

 

お経の話からはずれてしまうので、この問題についてはこれ以上ふれないが、それがその後明確な答えを得ているわけではない。

現代でも、人を殺したなどといった、悪をなす人間は次々とあらわれている。なかには、父母を殺したり、幼い子どもを殺したりする者もある。あるいは、まったく無関係の人間を無差別に殺害するような人間だっている。

 

そんな人間でも仏は救ってくれるのか。

そうした問いを仏教者に投げかけたとしたら、いったいどんな答えが返ってくるだろうか。

それは、仏教者だけの問題ではない。

私たちも考えてみなければならない重要な問題である。

私たちが、何らかの犯罪の被害者になったとき、慈悲のこころで犯人を許すことができるのか。この大問題は、そのように言い換えてもいい。

お経の世界は、私たちが考えているよりも、はるかに深いものをもっているのである。

(『観無量寿経』の項おわり)

 

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