image

 

「女子個人総合では予選トップで通過したのに、決勝では平均台で落下して4位……。信じられないことがあるんですよね。五輪に出場の夢は昨年のリオ五輪で果たせてはいたんですが、今度『世界一』にしたいと思ったら、そう簡単にはいかない……」

 

そう語るのは、10月初旬、カナダのモントリオールで開かれた体操・世界選手権に出場した村上茉愛選手(21)の母・英子さん(48)だ。その予想外の“落下”を間近で見つめていた母は、あえてこう叱咤した。

 

「おそらく“安全運転”をしたんでしょう。守りの試合です。攻めないと、世界一なんて取れません。試合後に少しだけそんな話をして。茉愛もわかったと思うんですが」

 

そして10月8日の日世界選手権最終日、村上選手は種目別の床で完璧な演技を見せ14.233点をマーク、同種目で日本勢初の金メダルに輝いた。日本人女子体操では63年ぶりの快挙だった。

 

「ひとつ難しい技を入れました。あのとき本人も種目別で“床を取る”と――。人生はずっと勉強だと思います。世界一と言っても来年にはまた別の世界大会がある。3年後には東京五輪がある。一度世界一になったらそれでいいとは誰も言いません。必ずもう一度となりますから」

 

英子さんは自慢の娘の“偉業”にも、さらに心配ごとが増えてしまったとでも言うような表情をしていた――。

 

本誌は10月14日、朝から夕方まで予約がぎっしり入っているという英子さんの「ei美容室」を訪ねた。仕事が一段落した夕方、英子さんが村上家の“メダルへの道のり”について詳しく話してくれた。

 

「私には弟と妹がいて母子家庭で育ちました。習い事でもエレクトーンなどは大嫌いでしたが、中学で体操部に入ると、それが面白いように上達して。それで地元の大会に出たときに、人生で初めて人前で表彰されてメダルを首にかけてもらった……。つらい家庭で育ったけど、初めて自分を誇らしく思えたんです」

 

だがその後、伸び悩む。

 

「正直『ああ、遅かった』と思いましたね。トップレベルの選手はみな小さいころから始めていますから。それで卒業したらすぐに結婚して子供をたくさん作ろうと思ったんです。私の子供なら、きっと五輪でメダル取れるような体操選手になるはずだと(笑)」

 

高校卒業後のOL時代に出会った体操選手の男性と結婚、25歳で長男を出産する。

 

「まず長男、そして2人女の子。その3番目が茉愛です。みな早い時期から体操教室に通わせました。長男が妹2人の先生みたいなものでした。私は“体操経験者”に過ぎませんが、一人のママとしては自信がある。茉愛の才能もすぐに分かりました。まず体が柔らかい。おむつ取り換えるだけで股関節が柔らかいのがわかりましたよ。それに物怖じしない、人見知りもしない――体操教室の先生たちも『何でもすぐにできますね』と絶賛してくれました」

 

英子さんは、その後も2人出産し、子供は男2人女3人の計5人となった。

 

「5人を体操選手にするとなると、どう考えても私が専業主婦のままでいいわけないですよね(笑)。それで美容師になろうと思いまいした。もちろん、通信教育を受けて、美容室に弟子入りするところから始めて。実はこのお店は3番目の“茉愛の誕生”がきっかけだったんです」

 

そんなとき、五輪で4つのメダルを獲得した池谷幸雄さんが、都下の小平市で体操スクールを開く話を聞いた。

 

「神奈川県の相模原に住んでいたのですが、それなら小平に引っ越そうと。夫はそのスクールの講師になり、私はその近くで美容室を開業するということに決めました」

 

英子さんは必死に働いた。美容師としての実力も相当なものとなり12年に全日本美容技術選手権の中振袖着付け競技部門金賞を受賞。店は朝から晩まで客足が途絶えない。

 

「遠征費など体操にはお金がかかります。それはもう殺人的な子育てでしたよ。試合のこともあって、最初は美容室を『日曜定休』にしていたんですが、一番下が小学校にあがったときに“もう1人でもお留守番できるでしょ”と日曜も店を開けるようにました。我が家のしつけでは『小1になると一人前』なんです(笑)」

 

現在長男は中学校教師、長女は美容師、三女は美容学校、中1の次男は体操の実力をぐんぐん伸ばしているという。

 

「人生で今がいちばん充実しているし、楽しいですよ。茉愛がカナダで金メダルを取って次は東京五輪が目標!その後も一番下が7年後のパリ五輪を目標にしています。私が美容室で朝から晩まで働いて、それに5人の子供がちゃんと応えてくれている……」

 

日本体操史に燦然と輝く村上選手の金メダル。母娘の笑顔はさらにキラキラと――。

関連カテゴリー:
関連タグ: