「羽生くんは今でもやる気満々ですよ。『グランプリファイナルに向けて全力で治療します!』と語っていましたから。希望をもって、前に進もうとしている――。そんな印象を受けましたね」
そう語るのは10月30日に出版されたブライアン・オーサー氏(56)の著書『チーム・ブライアン 新たな旅』(講談社)で構成・翻訳を担当した野口美惠さん。羽生結弦(23)を08年から取材してきたスポーツライターだ。
08年から羽生を取材してきた野口さんはロシア杯も現場へ。
羽生といえば、11月16日から行われたGPシリーズ第5戦ロシア杯で優勝。第3戦フィンランド杯に続いてGP2連勝を飾り、12月6日から行われるGPファイナルへの出場が決定した。しかし、心配されているのがケガの状態だ。
羽生は17日の公式練習中に転倒し、右足首の靱帯を損傷。フリープログラムは、ケガを押しての強行出場となった。治療には3週間の安静が必要と報じられ、GPファイナルや12月20日から始まる全日本選手権への出場を危ぶむ声が。表彰台にも、松葉杖をついた状態で上がるほどだった。
右足首の靭帯を損傷し、松葉杖をついていた。(写真:アフロ)
そんな思わぬアクシデントがあったにもかかわらず、逆境をはねのけてみごと優勝した羽生。舞台裏では、いったい何が起きていたのだろうか。裏側には、“驚きの真相”が隠されていたという。交流10年の野口さんがこう明かす。
「転倒した際、羽生くんは10秒ほどうずくまっていました。そして立ち上がると、何か考えながらリンクを滑っていました。私は『あのとき、何を考えていたのか』と尋ねました。すると彼は『転んだときに動かなかったのは、どれだけ痛めたのかを確認していました。その後で滑りながら考えたのは“ジャンプの構成を変えなければならない”ということ。どう変えるべきかをシュミレーションしていました』と答えたんです。つまりケガから15秒ほどで、もう次の展開を考えていたということ。これには、驚きを隠せませんでした」
公式練習中に転倒し、動かなくなった羽生。(写真:アフロ)
アクシデントに動揺するのではなく、すぐさま対応策を考えていたという羽生。野口さんは、“不屈の絶対王者”の強さについてこう続ける。
「羽生くんが優れているのは、切り替えの早さにあります。転んだのは4回転ループの練習をしていたときでした。世界で跳べるのは5人くらいしかいない、難しいジャンプです。ケガをした状態で成功できる可能性は低いといえるでしょう。すると彼は即座に『4回転ループは外す』と決めたのです。ホテルに戻るとブライアンからも『今回は、4回転ループをやめよう』という提案があったそうです。羽生くんは『もちろん、そのつもりです!』と言い、自分で構成を決めて本番に挑んだと聞いています」
羽生の切り替えの早さは、精神面だけでなく肉体面にまで及んでいるという。
「完全休養した後に練習を再開して、体の調子をピークに持っていく。これはキム・ヨナ(28)でも2カ月かかったのですが、羽生くんはたった6週間で調整できてしまうんです。可能にしているのは、ものすごい集中力と精神力。それも彼の大きな武器だと思います。昨年11月のNHK杯は、見た瞬間に『今シーズンはもうダメかも……』と感じるほど危ない転び方でした。にもかかわらず2月の平昌五輪で復帰しました。それを思えば今回はまだ大丈夫。羽生くんなら12月のGPファイナルや全日本選手権、来年3月の世界選手権にピークを持ってくることは可能なはずです」